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第50話
太腿に触れた指が内側へと潜り込み、柔らかい部分を何度も揉みしだく。
「堕ちていく姫の姿が堪んなくてよ……今でも時々、思い出しながら抜いてんだぜ……」
執拗に厭らしく柔肌に指先を食い込ませながら、付け根の方へと這い上がっていく。
「楽しかったよな、──“あの日”」
抵抗を見せないと解ると、男の小指と薬指が嬲るようにしてショートパンツの中へと侵入する。
「ハイジには内緒にしといてやるから、シようぜ……」
「………邪魔だから、退かしてくれない?」
努めて冷静に、男へ冷ややかな視線を向ける。
あの日の出来事は、確実に僕の精神を蝕んだ。
でも、先程の怒りが僕を奮い立たせ、|精神《こころ》を支えていたのかもしれない……
僕は──竜一のオンナだ。
こんな下衆に屈して、思い通りにされてたまるか。
「……なんだと?!」
僕の言動に、カチンときたのだろう。ハイジの威を借る僕を。男に媚びを売るしか能のない、非力な僕を。
ドサッ、
太腿に触れる方とは反対の手が、素早く僕の手首を掴んでソファに押し付ける。と同時に、僕の両膝の間に片膝を捩じ込んで僕に迫る。
「“オンナ”のクセにっ!」
──ハァ、ハァ、ハァ
男の荒い息が、耳元に掛かる。
「……」
だけど、逃げたくはなかった。
あの日植え付けられたトラウマは、確実に僕の精神を破壊し、全身を震えさせ、感情をも萎縮させる。
肥大化してしまったかのように、心臓がバクバクと激しい早鐘を打つ。
……それでも……逃げたくない……
無表情のまま、相手を睨みつける。
それが、男の怒火に油を注いだんだろう。みるみる顔が険しくなり、僕の内腿を弄った方の手が、僕の喉元を掴んで押さえ込む。
……こんな奴、怖くも何ともない……
男の指を押し返すかの如く、頸動脈がドクドクと強く脈動する。
痺れる脳内。空気を送り込み、何とか冷静さを取り戻そうとする。
だけど──トラウマの沼は、直ぐそこに待ち構えていて。気をつけなければ、簡単に飲み込まれてしまう……
───ドクンッ、
意志に反して滲む、冷や汗。
激しい動悸。痺れる指先。
迫りくる、男の唇……
「………止めとけ」
静かに響く低声。
男の肩を掴む、黒い影……
「ハイジに、殺されたくなければな……」
そう呟いた唇が、男の耳元に寄せられる。
「っ、太一さ……」
「……、」
それが何やら小さく蠢くと、太一に向けられた男の目が見開かれ、次第に僕を掴む手が震え出す。
「………」
力が抜け落ち、喉を掴む手が外れる。
はぁ、はぁ……
やっと真面に呼吸ができ、じりじりとした脳内の痺れが、次第に取り払われていく。
ギラついていた男の眼光が消え、脅えるように揺れながら……みるみる顔が青ざめていく。
一体、何を吹き込まれたんだろう……
口角を吊り上げ、不気味に微笑む太一。その眼が此方に向けられ、僕の視線とぶつかる。
「……まぁ、許してやってよ。
ついでに、“あの日”の事も……」
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