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第50話

……ギャハハ! テーブルを挟んだ向こうと此方で、全く違う空気が漂っている。 太一は、背後にいる三人を気にする様子はなかった。 「……忘れろ」 「………」 追い打ちを掛けるように、太一が低く言い放つ。 僕に凌辱の限りを尽くしておいて。 心に深い傷を負わせておいて。 ″ついでに″、″忘れろ″……? 「……もし、今すぐ忘れねぇんなら お前が本当は誰のオンナなのか………俺も忘れねぇぜ」 「……!」 こいつ…… 僕が竜一のオンナだって、知っている。 お互い、ハイジに殺されないよう腹の中に収めておこう……という提案であり、脅しだ…… 「……なぁ、ハイジ遅くねぇ?」 そんな緊迫した空気を感じていないのか……三人の男の中の一人が思い出した様に口にする。 「あー、確かに」 その声に、初めて太一が反応してチラリと後ろを振り返る。 「………ヤベェな」 言葉とは裏腹に、太一は瞳をギラつかせ口角を吊り上げながら呟いた。 「様子見に行ってくるか。………来いよ、お姫サマ」 悪巧みした様な、ニヤついた顔。 邪魔だとばかりに僕を襲った男を突き飛ばし、返事も待たぬまま僕の二の腕を掴んで引っ張り上げる。 ……ドゥンドゥン 激しい音楽と共に、胸の奥まで響く低音 回り狂うディスコボールの光。 噎せ返る程キツイ、化粧や香水の混ざった臭い。 沢山の人。騒がしい声…… 圧痕が付くほど強く掴まれたまま、太一の手に引っ張られる。 「……やっぱなァ」 僕と太一の前を、派手な格好をした男女が何人も行き交う。 「見ろよ、お姫サマ……」 太一をチラリと見上げれば、ディスコボールの赤い光がその横顔を掠める。 その瞳はギラつき、冷笑した表情が不気味に浮かび上がっていた。 「………」 ……ドゥン、ドゥン 遠くに見えたのは、店に入った時にハイジが立ち寄ったバーカウンター。 そこに、肩が触れ合う程顔を寄せる二つの背中が見える。 ……ハイジ……? そう思った瞬間、ハイジが勢いよく立ち上がった。 その時、カウンターに置かれたグラスが揺れて落ち、ハイジの足元で割れ散った。 「……お、始まったぜ」 直ぐ横で響く、楽しそうな太一の低い声。 ハイジの右手が、見上げる男の胸倉を掴み、捻り上げる。 そして瞬時に片腕だけで男の喉元を押し、力尽くでカウンターの上に仰向けに倒した。 無機質な髪が、サラリと揺れる。

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