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第61話
分娩室で僕を出産中、病院に駆け付けようとした父が交通事故で死亡。
僕が、全ての元凶──愛する父 の死に目に会えなかった深い悲しみは、やがて母の心を蝕み、僕が視界に入る度にヒステリックを起こすようになっていた。
物心ついた頃から、母から蔑まされた目を向けられているのには気付いていた。
どうして僕には、優しく微笑んで……抱き締めてくれないの……?
淋しかったのを覚えてる。
おばあちゃんが、母の代わりに僕の面倒を見てくれた。だけど、放任した母を決して咎めたりはしなかった。
『お母さんを許してやって頂戴ね』──きっと、僕の面倒を見ていたのも……母の為。
結局、僕よりも母の方が大切な存在だったんだろう。
初めておばあちゃんから交通事故の事を聞かされた日から、僕は自分の存在を呪うようになっていた。
……僕のせいだ。
僕が産まれたから、父が死んじゃったんだ。
母の言うとおり、僕は産まれてこなければ良かったんだ。……そう、何度も何度も自分を責めた。
母に殺されても、仕方がない人間なんだって。
『そういう、運命だったんだ』──おばあちゃんは、そう言ってた。
でも、そうじゃなかった。
おばあちゃんは、知ってたんだと思う。何故、母が僕の首に手を掛けたのか。殺したい程憎んでいたのか……
「何でそこまで、さくらが憎まれなきゃなんねーンだよ!」
溜め息混じりに、ハイジがそう吐き捨てる。
僕のために不機嫌になったんだと思い、ハイジの背中に当てた手にギュッと力を籠める。
「……それは……僕が、若葉の子供だから……」
そう、小さく吐き出す。
──その刹那、二の腕を強く掴まれ勢いよく引き剥がされる。
「………ハァ?!」
見開かれた眼。
眉間に皺を寄せ、信じられないといった様子で僕を見据える。
「……若葉が、母をレイプして……それで産まれたのが……僕、だから……」
「………マジかよ」
僕だって……信じられなかったよ。
でも、母の仕打ちを思えば……腑に落ちる。
「……」
目を伏せ、ハイジを視界から追い出す。
若葉は、組長になるかもしれないヤクザのオンナ。
父の実弟で……父を殺した犯人──
アゲハの頚動脈を切り裂き、血濡れたバタフライナイフを握り締め……
心を乱す事なく僕を追いかけ、捕まえて殺そうと───
背筋に悪寒が走り、ブルッと体が震える。
僕の体内 に、そんな人の血が流れている。
いつか僕も、若葉のようになってしまうんだろうか。
目的の為に、他人を傷付けて。
その人の人生を狂わせ、例え殺しても厭わない──
──サイコパスみたいな人間に。
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