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第69話

「……泣くなよ」 空いている方の手が伸び、その指が僕の頬を包む。そしてゆっくりと、親指の腹で濡れた下瞼を拭った。 「……悪ぃかったな。 初めてここに連れて来た時、無理やりヤっちまって……」 「………」 「今も……正直、怖かったんだろ」 違う…… 怖かったんじゃない…… ハイジを見つめて、小さく頭を振ってみせる。 「……何だよ。ンなにしたかったのかよ」 「………」 「そこは″うん″って言わねーんだな」 冗談めいた顔つき。 憂いを帯びた甘い吐息をひとつ溢し、伸びきった僕の横髪に指を差し入れる。 ……ハイジ…… 見つめたまま、その手にそっと触れる。 「さくら……」 突然、僕を引き寄せギュッと抱き締める。 合わせた胸と胸。 心と心…… 心音が重なり、ひとつになっていく。 「もう……傷付けたくねぇし、傷付く顔も見たくねぇ…… ……でも、愛情を注がれた事のねぇオレが、お前にちゃんと注げてンのか……時々解んなくて、不安になる……」 ハイジの手が僕の髪に触れ、繰り返し繰り返し優しく撫でる。 「……大事にすっから…… 今までよりずっと、いっぱい甘やかしてやりてぇし、嫌な事はしねぇし……この手で守ってやりてぇ。 ……だから、オレから離れんなよ。 ずっと、オレの傍にいてくれよ」 それは、僕を甘やかす様で、ハイジが僕に甘えている様にも思えた。 「……さくら…… もう一度、全部……オレのモンに、なって」 ズキン、と胸の奥が痛む。 ハイジの背中に、そっと手を添える。 ……ハイジ ずっと傍にいるよ…… 「………うん」 ぼやけていく視界。 瞬きひとつすれば、濡れた睫毛に引っ掛かった雫玉が、ポロリと落ちた。

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