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第72話
──ドンッ、
バックヤードに入った瞬間、閉まるドアに背中を強く打ち付けられる。痛いと思う間もなく、片手で顎を掴み上げられ──
「……っ、」
奪うように……しかし、唇を柔く押し当てるだけの軽いキスが落とされる。
それは、ほんの数秒。だけどやけに長く感じて……。名残惜しむように唇が離れ、そっと瞼を持ち上げる。
「……誰とも、関わるんじゃねーぞ」
「……」
「大人しく、ここで待ってろ」
僕を捉えて離さない双眸。
熱い息を吐く唇が、僕の目の前で小さく動いた後、少しだけ尖る。
心なしか……ハイジの頬が少し膨らみ、念押しする眼が気まずそうに揺れ動いたのに気付く。
……もしかして、ハイジ……
嫉妬、して……?
そう思った刹那、柔らかな棘が胸に刺さり、ズキンと甘く痛む。
「……、ん」
答える間もなく、もう一度唇が重ねられ……今度は柔く食まれる。
顎先から耳元へと指先が滑り、僕の片頬を包む。
はぁ……はぁ……
ゆっくりと唇が離されると……閉じた瞼、そして額へと柔らかなその熱が移動していく。
……ハイジの熱い吐息。
爽やかな匂い……
ハイジの指先が、僕の横髪を優しく掻き上げる。露わになる耳朶。そこにハイジの唇が寄せられ、熱い吐息が掛かり……柔く食まれる。
ぴくんっ、と震える身体。
甘く塗り替えられていく雰囲気を感じながら、そっと瞼を持ち上げる。
「……」
だけど。
そこにあるハイジの眼は鋭く尖り、既に邪鬼を孕んでいて──堅い表情、ドス黒いオーラを全身から漂わせ、既に戦闘モードに切り替わっていた。
「………いい子してろよ」
決まり文句のように冷たくそう言い放つと、視線を外し、ドア前から僕を退かす。
──キィ、
閉まりゆくドアの隙間から覗く、白金色の無機質な髪を揺らしたハイジの横顔。
鋭く尖り、残酷なまでに闇を孕んだ眼。その黒目が動き、チラリと此方に向けられる。
「……!」
目が合った瞬間──ハイジの口角が、僅かに持ち上がったのが見えた。
さっきのビジュアルホストと、同じ表情……
そう思った刹那、かぁっと身体が熱くなる。
指先が痺れ、バクバクと心臓が激しい鼓動を打つ。
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