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第73話
入って来たのは二人。
高級そうなスーツジャケットの下には、ラフな丸襟シャツ。
一人は短髪黒髪に知的そうな眼鏡。もう一人は、ライオンのたてがみの様なオレンジ色の髪、幼顔。
「……はい」
「でもあの黒ハゲハ……あー噛んだ!
黒ハゲ?……はは、もう黒ハゲでいーや。
……あいつ、ホモだっつーじゃん」
「………」
「ナンバーワンだったのって、たったの半年。しかもエースが男で、最終的にはそのエースに囲われて一本釣り状態だったんだってな」
エースとは、指名客の中で一番お金を使う客の事。一本釣りは、一人のお客に大金を使わせるやり方。
「んな奴の下じゃあ大変だったっしょ。なに教わんの。……一本釣り?男と枕するやり方?
……可愛がって、って……ハハハ。まさかお前、掘られてねーだろーなっ」
ライオンヘアのホストは、眼鏡ホストにガンガンと捲し立てる。
「……いえ。接客作法から、女性の扱いまで……」
「ハハハ。女扱えんのかよ。てかちゃんと勃つんかよ。ホモだったんだろォ?
芸能界入りしたのだって、モーホープロデューサーとかディレクターとか、事務所関係者とかと鬼枕した結果だろ?!」
枕とは、セックスの事。
鬼枕とは、ヤりまくってる事。
どう見ても、眼鏡ホストの方が年上。
だけどライオンヘアの方がこの店では先輩らしく、次々と垂れ流される愚考を押し黙って聞いている。
……アゲハが、そんな訳……!!
バンッと手を付き、イスから立ち上がる。
アゲハが芸能界入りしたのは………僕のせいだ。
ホストになったのも、僕のせい……
そんなんじゃない。アゲハを馬鹿にするなっ!
ドロドロと、マグマの様に腸が煮えくりかえる。
頭に血が上り、熱くなっているのに……指先は冷えて。テーブルに付いた両手のひらから腕の付け根まで、痺れた様に感覚がない……
胸が苦しくなり、ハァハァと荒い息を立てる。
……なのに、その口から……全然言葉が出てこない……
「……ん?」
物音でやっと僕の存在を認識したらしい。
僕を視界に入れると、急に顔つきも声も一変する。
「あれ、こんな所でどうしたの?」
キメポーズなのか……ライオンヘアが片手を腰に当て、目尻を下げて僕に近付く。
「可愛い迷子の仔猫ちゃん」
僕の神経を逆なでる、ライオンヘアの猫なで声。
その彼が、僕の前にしゃがみ込んで上目遣いで見上げてきた。
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