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第77話
重い瞼を押し上げる。
ぼんやりとした視界に映り込んだのは、僕の肩を押した男──
アゲハを侮辱した、ライオンヘア。
「………!」
身体を起こそうとして、手首を拘束されているのに気付く。振り払おうとすれば、ギリギリギリ……と、骨が軋む程に押さえ付けられる。
「……なァ。お前、男にヤられる方なんだよなァ? 突っ込まれる、って……どんな気分なんだよ」
先程までの目付きとは違う。
人を小馬鹿にし、卑下するようなものじゃない。揶揄でも、単なる興味でもない。
人を容赦なく虐げ、支配し、僕を思い通りにしようとする──黒くて濁った眼。
「……」
悪い顔付きのまま、取り出した携帯を目の前で構える。
「喘いでみろよ、女みてェに。……ほら、アーンアン」
「……」
抑揚のない乾いた声 。
口の片端を持ち上げ、何度もそれを繰り返しながら、僕の腹の上に跨ぐ。
「手伝ってやろうか……?」
携帯を持つ方とは反対の手が伸び、僕の乳首を抓んで弾く。
前屈みになったせいだろう。男の中心が湿気を帯び、熱く硬く主張している事に気付く。
「……」
動作音がし、じっと僕を見つめるカメラ。その目が、僕の顔から胸元へとゆっくり移動する。
……こいつ。
頭の方に視線を向ければ、眼鏡と目が合った。その瞬間、絵に描いたように慌てふためき、僕からパッと両手を離す。
「──何してんだバカ! ちゃんと押さえてろ!」
乳首を弄る手は止めず、構えた携帯越しに眼鏡を叱責するライオンヘア。僕の両手が自由になっている事もお構いなしに。
「………ヘタクソ」
耳奥で響く、低い声。
軽蔑した目を男に向けながら、両肘を立て、床から背中を浮かせると、わざと胸を突き出してみせる。
「喘いで欲しかったら、もっと経験積んできなよ。……|童貞《チェリーボーイ》くん」
艶めかしく首を傾げ、口の両端を僅かに持ち上げる。顎を突き出し、瞼を柔く閉じ……会心の一撃を受けたライオンヘアを見遣る。
忍ばせた舌を、少し割れた唇からチラリと覗かせた瞬間───
「………!」
違う……
これは僕じゃない……
僕の中に、妖艶で猟奇的な若葉が宿ったような感覚がし、ハッと我に返る。
僕は……
僕はこんな挑発なんか……しない……
床に付いた手先が、僅かに震える。
感覚なんてとうに無い。
「……」
目の前で固まってしまった、ライオンヘア。
まさか、図星だったんじゃないだろうか……
見開いた眼が小さく揺れた後、一変する表情。何処か辱めを受けたような、弱々しい色───
「……はい、そこまで」
パンパンッ、
制する声と共に響く、手を叩く音。
ドアの方へと視線を向ければ、そこに立っていたのは──金髪蒼眼のホスト。
さっき、狭い通路ですれ違った時、僕に微笑み掛けたホストだ。
「……」
そこまで……って事は、この一部始終をずっと見ていたんだろう。
平たい胸の上を、服の裾がするっと滑り落ちる。
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