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第80話
黒のロングヘア。やや吊り上がった猫目。濃いアイシャドー。
ハイジよりも背が高く、気が強そうなオーラを放つその女性は、二十代半ば位の水商売系。
ヘルプホストへの、厳しいテーブルマナーの指摘。初回にも関わらず、場内指名したホストにピンドンを入れてしまう程、金回りの良さ。
「最初は……単にハイジが、知り合いの女性に店を紹介しただけだと思ってた。
送りを断って、店を出ようとするハイジを追い掛け、一緒に帰っていたのが気になったけどね」
場内指名とは、初回で気に入ったホストを指名する事。
送りとは、気に入ったホストに店の外まで見送って貰う事。
「そのツンケンしてた山嵐の彼女が次に来た時は……ハイジにベタ惚れ状態で。
ピッタリと身体をくっつけて、想像できないぐらいのデレ子ちゃんになっててさ」
店の奥へと向かうハイジから離れ、一人卓についた途端──イヤホンを両耳に装着し、ついでに濃いめのサングラスを掛け、腕と足を組んで指名したホストとヘルプを完全に無視していたという。
「………」
……解らない。
けど、ハイジの腕に絡みついて甘える顔を向けたその女性を、ハイジが優しく微笑みかけている所を想像して──ズキン、と胸の奥が痛む。
「指名されたのが、まだ入りたての初々しいホストだったから。何とか盛り上げようと必死でさ。……でも、あれはちょっと可哀相だったな」
「……」
「……ま、そんなツンデレの彼女が最後に来た時──」
ガタガタガタ……
気の強いオーラは、もう見る影もなかった。
しゃんと伸びていた背中は丸まり、俯いた顔を長い髪で隠す。その髪の隙間からチラリと覗く、大きめの白いガーゼ。
右手で必死に左腕を押さえ、決してその手を外さなかったという。
「その押さえてた右腕の目立つ所には、幾つも青痣があってさ。
もう、口も利けないほど震えてて……」
………ハイジが……暴力……?
そんな事……
「………」
僕が押し黙ると、ホストが二度目となる深い溜め息を漏らす。
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