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第85話

膝を折り曲げ、正座を崩したようにペタンと床に尻をつく。 ……わからない。 ハイジが……わからない。 頭が真っ白になって、何も考えられない。 四肢や肩は小刻みに震え……上擦りながら吸うばかりで、まともに息もできない。 何より、体に力が入らない。 寒気がする。 ……ハイジの話は、何処まで真実(ほんとう)だったんだろう…… ″何だかんだ言いくるめて……この首輪を付けさせて……″ ″……いい具合に従順な奴隷に成り下がったら、そういう趣向の顧客に出荷してるって話″ 施設の話も。僕と似た境遇の生い立ちも。僕を……想っていることも。この首輪の意味も。 繊細すぎる、優しさも。 ……僕を、従順な奴隷に飼育する為……? 「………」 プランター横にある、薄型ノートパソコン。 コードに繫がれ、画面は閉じられた状態。 蝋燭の炎のように揺れる、黄緑色の小さな光。 これを開けば、直ぐにトップ画面が見られるのだろう。 そこに、飼育された女性の映像や顧客リスト……凌のマンションにあったようなデータが沢山あるのかもしれない。 ……だけど、開けて見る勇気はなかった。 パソコン自体、弄った事もない。 力無く彷徨わせた視界に入ったのは、USBメモリー。 無知な僕でもこれは知ってる。 データを保存するやつだ。 「………」 息を飲む。 その僅かな喉の音でさえ、心臓は激しく警告音を鳴らし続ける。 緊張の中…… パソコンに突き刺さったそれに、ゆっくりと手を伸ばした。 その時。 暗闇から、二本の腕が視界の左右にスッと現れた。 「………、っ!」 肩がビクンッと大きく跳ねる。 自分でも驚くくらい……大きく。 ヒヤッとした。 背筋が寒くなり、体が凍り付く。 気配なんて……無かった。 足音も、しなかったと思う。 その腕が僕を緩く抱き締めると、肩口に顔を寄せられ、荒い息が掛かる。 「……さくら」 獲物を狩る捕食者── 首輪を器用に上へずらされた後、そこに唇が当たり、噛み付くように歯で食まれた。

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