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第88話

「……さくら」 遠退く意識の中で、ハイジの声が聞こえた。 「……知りた、かったんだ…… もっと、ハイジの事」 「……ハイジが、……今、どんな事をしてるのか……… 僕は、何ひとつ……知らないから……」 必死で口を小さく動かす。 けど…… 床が濡れてる。 頬も、口元も、顎も………なんで……… ……声、ちゃんと出てただろうか。 ハイジに、届いただろうか。 全身が痺れて、麻痺して、指先や腿、足先が大袈裟に痙攣している。 「あのホストとは、どんな関係だ」 何処までも、冷め切った声。 答えようと息を吸い込もうとして、やっと気付く。 ………絞められて、る。 首輪を顎裏まで持ち上げられている。 ハイジの両手がその隙間に差し込まれ、頚動脈を的確に捕らえ、指を食い込ませていた。 「………」 脳が次第に酸欠となり、頭がジリジリと痺れる。 ドクドクと妙な脈動が強くなり 耳の中が煩いほどゴォーと鳴り響く。 まるで水中に頭から沈められ、溺れかけているかのよう…… 嫌だ。 ……この感覚。 引き戻さないで。僕を。あの家に。 ″あんたなんか、産まれてこなければよかったのよ!″ くぐもった、女の罵声。 涙で視界が滲んだ向こうに、鬼のような形相をした母の顔。 ……ごめんなさい。 ごめんなさい、お母さん。 まだ幼い僕が、澄んだ瞳で母を真っ直ぐ見つめ……赦しを請う。 その姿は……人の顔色を伺って、怯えて身を縮めて……何とも惨めったらしくて…… 目を背けたくなる。 もう、二度と見たくない。 何かが……音を立てて壊れる。 大切な何かが。 ──もし、あの時。 母に首を絞められた時。 死ねたら……良かったんだと思う。 そうしたら……これ以上傷付く事も無かったし、僕のせいで誰かを傷付ける事も、無かったから…… ……いいよ。ハイジ。 殺して……僕を。 息の根を、止めてよ……

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