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第90話
……さくら……
大丈夫だよ……さくら……
お兄ちゃんが守ってあげるから。
僕の髪を撫でる手。
優しくて……温かくて……
安心する。
………ヒュッ、
突然、大量の空気が咥内に流れ込む。しかし直ぐに喉が張り付き、その奥から奇妙な音が漏れる。
本能的に酸素を求め、口をぱくぱくと動かすけど。入ってくるのは口先ばかりで……やっと僅かに喉を通ったとしても、すぐに噎せ返ってしまう。
肺に空気が残ってないせいか。吸いたいのに吸えない苦しさと、苦しさから解放されたくて、吐き出したい衝動が同時に働く。
鳩尾の辺りが何度もべこべこと凹み、普段なら恥ずかしくなるような嗚咽の音が何度も出てしまい、余計に僕を苦しめる。
「……さくら……」
涙で濡れた睫毛を、僅かに持ち上げる。
視界に映るのは、ハイジの不安げに揺れる瞳。
何となく焦点が合うと……何処かホッとしたように、ハイジの表情が緩む。
……ハイ、ジ……
まだハッキリとしない、意識。
感じるのは……ズキンズキンと脈打つように痛む頭と、寒気と、痺れ。
それと、首に残る絞められた感触。喉の違和感。
息苦しさ。
「………」
「悪ぃ。……悪ぃかった……」
僕に手を伸ばし、床からそっと抱き掬う。
大麻用のLEDから漏れた光が、ハイジの髪と顔の一部を明るく照らす。
透き通るような、白金の髪。
こんな時まで、綺麗だな……なんて思ってしまう僕は、やっぱり可笑しいのかな。
ハイジの腕に包まれながら、その髪にゆっくりと手を伸ばす。
と、その手首を、戸惑うように緩く掴んだハイジが、自身の頬へと誘導する。
「オレ、……さくらを失うかと……本気で……」
酷く怯える手。
親指の腹を横に引き、頬に濡れた涙を拭う。
「……もう、傷つけたくねぇのに……」
「………」
頬から僕の手を剥がしたハイジが、目を伏せ……その指先に、キスを落とす。
そこから、溢れる程のハイジの優しさや愛情が注ぎ込まれ、僕の身体へと流れていく。
……ズキ、ン……
ハイジが解らない、なんて……
……なんでそんな事を思ってしまったんだろう……
こんなに真っ直ぐに、僕の事を思ってくれているのに……
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