89 / 555

第89話

……さくら。 大丈夫だよ……さくら…… お兄ちゃんが、守ってあげるから。 僕の髪を撫でる、手。 優しくて……温かくて…… 安心する。 ……ヒュッ、…… 突然、空気が流れ込む。 しかし直ぐに喉が貼り付き、喉から奇妙な音が漏れる。 本能的に酸素を求め、口をぱくぱくと開閉するけれど、入るのは口先ばかり。 先程少しだけ喉を通った空気は、肺に到達する前に噎せ返ってしまった。 肺に空気が残っていなかったせいか、吐き出そうにもそのものがない。 鳩尾が何度も凹み、内臓がうねり、普段なら恥ずかしくなるような変な嗚咽の音を、何度も繰り返す。 「……さくら」 涙で濡れた睫毛を、少しだけ持ち上げる。 「……さくら……」 視界に映るのは、ハイジの不安げに揺れる瞳。 焦点が何となく合うと……何処かホッとしたように、ハイジの口元が緩む。 ……ハイジ…… まだハッキリとしない、意識。 感じるのは……脈打つように痛む頭と、寒気と、痺れ。 絞められた首。喉の違和感。 息苦しさ。 「………」 「悪ぃ。……悪ぃかった……」 大麻用のLEDから漏れた光が、ハイジの髪と顔の一部を照らす。 透き通るような、白金の髪。 こんな時まで、綺麗だな……なんて感じてしまう僕は、おかしいのかもしれない。 ハイジの膝の上に抱き抱えられたまま、その髪にゆっくりと手を伸ばす。 その手首を、戸惑いながら掴んだハイジは、自身の頬へと誘導した。 「オレ、……さくらを失うかと……本気で……」 酷く怯えた手。 指先を小さく動かし、頬に濡れた涙を掬う。 「……もう、傷つけたくねぇのに……」 「………」 その手を取って、ハイジが指先にキスを落とす。 そこから、溢れる程のハイジの優しさや愛情が、僕の体に流れ込んでくる。 ズキ、ン…… ハイジが解らない、なんて…… ……なんでそんな事を思ってしまったんだろう…… こんなに真っ直ぐ、僕の事を思ってくれているのに……

ともだちにシェアしよう!