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第90話

……僕が、いけなかったんだ。 隠れて、探るような事をしたのだから……ハイジが怒って当然だ。 見上げたハイジの瞳に映る光が、小さく揺れる。 少しだけ唇を割り、そこからやっと、整った……穏やかな息が漏れる。 「……ハイジは、悪くない…… 僕が、最初から……ハイジに聞けば、良かったんだ」 声にならない声。 どうにか伝えたくて、頭を小さく横に振ってみせた。 酸欠を脱すれば、脳内の痺れが次第に収まってくる。 その度に、全ての感覚がじわじわと体に戻ってくる。 無理矢理こじ開けられた入り口は、熱を持ったようにジンジンと鋭く痛み、ナカは抉られた感覚と、内臓を突き上げるような鈍い痛みが走る。 鼻の奥には、何かの塊。 頬に貼り付いた何かが乾いて、口を動かす度にバリバリした感覚。 多分……今、凄く酷い顔してる。 恥ずかしくて、隠してしまいたい…… だけどそんなのに構わず、ハイジはいつもと変わらない真っ直ぐな瞳を僕に向ける。 ……優しい瞳。 ぶるぶるっ、と体が震える。 何故か解らない。 多分、安心したからだろうか…… 「……あのホストとは……本当に何にもねーんだよな……?」 何処か遠慮がちに確かめるような、ハイジの声。 膝抱っこされたままの僕は、こくん、と小さく頷く。 「あー、酷ぇなオレ。そう聞いてもまだ、凄ぇ嫉妬してんだぜ」 「……」 照れ隠しなのか、ハイジが口角を吊り上げ、苦笑いしてみせる。 ハイジの嫉妬深さは、今に始まった事じゃない。 生い立ちや施設での出来事を考慮すれば、そうなってしまうのも仕方が無いのかもしれない。 ……だけど、以前と比べて少し度が過ぎてるような気もする。 「さくらはオレのモンだって、世の中の人間に見せつけてやりてーのに……… いつさくらが奪われるか、心変わりしてオレから去っていくか、不安で。 ……このまま、ここに閉じ込めておきてぇ気分……」 目尻を下げ、僕の髪を撫でる。 冗談っぽい口調。だけど、冗談に聞こえない。 それだけハイジは、本気で僕を…… 「……いいよ。僕をハイジの好きにして」 閉じ込められたって、いい。 ハイジがそう望むなら……そうされたって…… ゆっくりと瞼を閉じ、ハイジの言葉を待った。 「……ンじゃあ………一緒に、逃げようぜ」

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