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第92話

予想外の台詞に驚き、瞼を上げハイジを見る。 「さくらと一緒に、知らねぇ土地でひっそりと暮らすのもいいな……って」 「……」 「何だよ」 少し、ぶっきらぼうになる口調。 唇を僅かに尖らせ、何処か照れたようなその瞳は……何故か嬉しそうで。 「前に話したろ? オレは暴力団組員じゃねーって」 「……」 「だから、抜けるも何もねーけど。 オレ、結構この世界に足突っ込んじまってるし。龍成さんには、マジで頭上がんねェからさ……」 ハイジの眼が揺れる。 憂いの影が灯り、弱々しく光るそれに胸が締め付けられる。 「……」 小さくついた溜め息。何処か遠い過去を辿るように、ハイジの視線が逸らされ彷徨う。 「………覚えてっか? 去年の夏。チームのみんなと、海岸沿いをバイクで走った時のこと」 ──ドクンッ、 心臓が大きく胸を打つ。 男達に声を掛けられてる僕を見たハイジが豹変し、相手に重い傷害を与えてしまった時の光景が思い出される。 「あン時……さくらにちょっかい出した野郎を、オレがボコったろ?」 「………うん」 「ソイツ、あの後………死んでさ……」 ───え……… ゾクッ、と背筋が凍りつく。 温かな腕の中に、いる筈なのに…… 『死』という言葉に、身体は正直に反応を示すものの………脳はそれを拒絶し、何処か現実離れしたような感覚に陥る。 一年も前の出来事だからだろうか。 それとも……僕にとって被害者は、どうでもいい存在だからだろうか。 亡くなってしまった人に対しての悲しみは、そこまで持ち合わせていない。 けど──ハイジが犯してしまった事を思えば、じわじわと罪悪感が襲い、胸の奥が痛む。 あの日の夜。 ハイジが酷く怯えて、僕に縋り付いてきたのは──そういう事、だったんだ…… 「その後始末を引き受けてくれたのが、龍成さんなンだよ」 「……」 後始末──って。 そういえばあの時、ハイジは何処かに電話を掛けていた。 その相手が、龍成だった……ってこと……? 「………まぁな。オレらのチームのケツモチやってたからな」 声が、自然と漏れてしまったのだろうか…… ハイジの落ち着き払った返答に驚く。 「でも、その代償に……クスリを売り|捌《さば》かなきゃなンなくなって……」 『オレ、今度……ヤベぇ仕事すンだよ』 『暫く、あの溜まり場には戻れそうにねェんだ』 「……」 そん、な……

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