95 / 558
第95話
唇が、微かに震える。
そのせいか、声まで震えていたような気さえする。
もしそうなら……このまま売られたっていい。
どうなったって、構わない……
……もう、これ以上……
僕のせいで、誰かが傷付くのは嫌だから……
諦めの気持ちが溢れ、血流に乗って毛細血管にまで行き渡る。
小さな吐息を漏らし、色を失った瞳を僅かに伏せれば、視野に映るハイジの瞳光がみるみる尖っていったのが解った。
「───ンな訳ねーだろっ!!」
鋭利な怒声。
僕の手をぐっと握ったハイジが間近に顔を寄せ、視線と視線をぶつける。
「オレがさくらを、あんな卑劣な所になんか売ったりしねぇよ!」
「………っ、」
鋭い眼力。
しかし、その奥には……寂しさや憎しみといった複雑な感情が入り交じり、何処か泣き出しそうに潤んでいた。
「……」
目が、離せない。
心臓を鷲掴みにされる。
「そうしたくねぇから、一緒に逃げンだろ?
……解れよ。そんぐれぇ……」
「………ハイ………ッ、ん」
唇を、強引に重ねられる。
吐しゃ物に塗れ、臭う僕に。何の躊躇もなく……
大麻を照らしていたLEDが、自動でパッと消える。瞬間辺りが真っ暗になり、ハイジと僕に闇が襲う。
震える身体。震える指先。
頼れるのは、ドアの隙間から差し込む……細長い光だけ。
「……もう、さくらを手放したりなんか……しねぇから」
トサッ……
そっと、冷たい床の上に寝かされ、僕の顔の横に肘を付いたハイジが見下ろす。
「オレだけのモンだ。……誰にも、触らせたくねぇ……」
熱い吐息と共に舞い降りる、ハイジの唇。
「………して、いいか?」
鼻先が触れる程の距離で、一度止まる。
柔く囁いた声が鼓膜に響き……色を無くした僕の心を、僅かに震わせる。
「今度は、優しくすっから」
「………ん、」
ハイジを見つめたまま答えれば、直ぐそこにある唇がゆっくりと迫る。
……はぁ、はぁ……
ハイジの甘い吐息。
肌を合わせ、唇が重なり、トクトクと高鳴る心音が共鳴していく。
ハイジの背中にそっと腕を回せば、あたたかな温もりを感じて……酷く安心する。
……そうだ……
最初から僕は、ハイジのモノだったんだ……
「して……」
睫毛の上下を柔く重ねれば、目尻から涙が溢れ落ちる。
何をされたって、いい。
……僕を、ハイジの好きにして───
ともだちにシェアしよう!