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第94話

唇が微かに震える。 そのせいか、声まで震えたような気がする。 もしそうなら…… このまま売られたっていい。 僕はどうなったって、いい…… ……もう、これ以上 僕のせいで、誰かが傷付くのは嫌だ…… 諦めの気持ちが、心臓から血流に乗って毛細血管にまで到達する。 小さな吐息を漏らし、色の失せた瞳を横に向ければ、視野に映るハイジの瞳光がみるみる尖っていく。 「……ンな訳ねーだろっ!」 鋭利なハイジの怒声。 僕の手をぐっと握った後、間近に顔を寄せ視線を合わせてくる。 「オレがさくらを、あんな卑劣な所になんか売ったりしねぇよ!」 「………っ、」 鋭い眼力。 しかしその奥には……寂しさや憎しみといった複雑な感情が入り交じり、何処か泣き出しそうに潤んでいる。 目が、離せない。 心を鷲掴みにされる。 「したくねぇから、一緒に逃げンだろ………? 解れよ。そんぐれぇ……」 「……ハイ………っん、」 唇を……重ねられる。 汚物で臭う僕に、何の躊躇もなく…… 大麻を照らしていたLEDが自動で消える。 瞬間辺りは暗くなり、ハイジと僕を闇が襲う。 震える体。指先。 唯一頼れるのは、ドアの隙間から差し込む……僅かな光。 「……もう、さくらを手放したりなんか……しねぇからな」 冷たい床の上に仰向けに寝かされれば、僕の顔の横に手を付いたハイジが見下ろす。 「オレだけのモンだ。 ……誰にも、触らせたくねぇ……」 唇が、熱い息と共に舞い降りる。 「……して、いいか?」 耳元で、甘く囁かれる。 その響きが……色を無くした僕の心を、僅かに震わせる。 「今度は、優しくすっから」 「………うん」 胸と胸が合わさり、お互いの心音が重なる。 ハイジの背中に腕を回せば、あたたかな温もりに酷く安心した。 ……そうだ…… 僕は元々、ハイジのモノだったんだ…… 「して」 睫毛の上下を合わせれば、目尻から涙が溢れ零れる。 ハイジに何をされたって、いい。 ………僕を、好きにして───

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