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第99話

「……」 確かに、そうだ。 考えてみれば、ハイジなんて名前……本名な筈がない。 初めて名前を聞いた時、変わってるな……とは思ったけど。 チームのみんなもそう呼んでいたから、何となく受け入れてしまっていた。 「なんで、ハイジって名前……」 静かにそう聞けば、ハイジの口角が得意げに持ち上がり、僕の前髪をそっと掻き上げる。 「漢字で『高次』って書くんだけどな。『高い』は英語で『ハイ』だろ?『次』は『ジ』って読めるじゃん。 ……それで、『ハイジ』」 「……」 「いい名前だろ? 施設抜けてから、ずっとこの名前を使ってきたからさ。……こっちの方がしっくりくるし、オレらしい気がすンだよな」 そっか…… ハイジは一度、名前を捨てたんだ。 それで、自分の居場所を探して。チームの仲間を見つけて。人生の基盤を築き上げた所で……また、名前を捨てなくちゃならないなんて…… 「……ハイジ」 「ん?」 「二人でいる時は、『ハイジ』って……呼んでもいい?」 僕の言葉に困惑したのか。ハイジの動きが止まる。 「………バカ。呼ぶなって、いま言ったばっかだろ」 「ハイジ」 「何だよ!」 少し荒げた声を上げつつも、ハイジが優しい眼で僕を見下ろす。 暗くて、あまりよく見えないけど。少し唇を尖らせ、何となく照れてるようにも見えて……心が、震える。 「……髪は、素のままの……白銀にして……」 そっと手を伸ばし、さらりとしたハイジの横髪に触れる。 この綺麗な髪が、黒く染められてしまうなんて。僕のせいで、今までの全部捨ててしまうなんて…… そんなの、嫌だから。 底なしに冷たい床。 背面から、体温がどんどん奪われていく。 感覚が無くなり……ピリピリと痺れる指先。その手首を摑んで引き離したハイジが、僕にスッと顔を近付ける。 「………出来ねぇよ」 ゆっくりと、唇が僕の額に当てられる。 ちゅっ、と小さなリップ音が鳴った後、少し離れた所で、その唇が僅かに動く。 「でも、………」 最後、何て言ったんだろう。 聞き取れない程、小さな声だった…… だけど、聞き返せる雰囲気ではない気がする。 底無しに優しい瞳──目を合わせ続けていたら、吸い込まれて……何処までも堕ちてしまいそう。 「………」 こんな、綺麗な瞳を……他に見たことがあるだろうか。 真っ直ぐで、純粋で、繊細なハイジを──壊したくない。 これ以上、壊れて欲しくない……

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