98 / 558

第98話

ハァ、ハァ、ハァ…… 息を切らせたハイジが、床を押し上げ、背中を反らせながらそっと上体を起こす。 僕が、潰れてしまわないように…… 感極まった表情を浮かべ、僕の横髪をそっと撫で梳く。そのまま包み込むように、手のひらを僕の頬に当てる。愛おしむように瞳が緩み、綺麗に持ち上がる口角。 「………早く、さくらと二人暮らし……してぇな」 少しだけ、憂いを帯びた声。 反射光を取り込んだ瞳が潤み、親指の腹で僕の下唇をそっとなぞる。 「堅気の仕事に就いて。生計立てて。 毎日さくらの手料理食って。抱き合って。……キスして、セックスもして…… さくらと、幸せになりてぇ………」 ……ハイジ…… 胸の奥が、痛いほどに締め付けられる。 僕で……僕がいる事で、ハイジが幸せになるなら………嬉しい。 必要とされる事が、こんなに嬉しいなんて…… 瞬きをひとつ、ゆっくりとすれば……目尻から一粒の熱い涙が零れ落ちる。 それに気付いたハイジが唇を寄せ、その涙を吸い取ってくれる。 「………泣くなよ」 「……」 「あぁ、マジで可愛いな……さくらは」 額と額を合わせ、感極まった様子で熱い息を吐く。 身体を重ねたせいか。それまでの殺伐とした空気は、綺麗に消え去っていた。 まだ来ぬ近い将来に思いを馳せ、落ち着いた声色と穏やかなオーラを放つハイジ。 ……いつもの、ハイジだ。 そう思うだけで……酷くホッとする。 「そうだ……」 何かを思いついた様子のハイジが、子供のように無邪気な声を上げる。 「二人で飛んだ後……もう『ハイジ』って呼ぶなよ」 「……え」 驚く僕を他所に、髪も黒く染めねぇとな……と、少し残念そうに続けてぼやく。 「……」 確かに、それは勿体ないかも…… 黒髪のハイジを想像しながら、ふとそう思う。 じゃあ、ハイジの事……なんて呼べばいいの……? 「………高次(たかつぐ)」 声、出てたのだろうか。 それとも、ハイジが察して……? 照れ臭かったのだろうか。名前を口にした後、僕から少しだけ視線を逸らす。 「オレの本当の名前……堀川高次、っつーの」

ともだちにシェアしよう!