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第101話
毛先が緩くカールした、柔らかそうな細い茶髪。目尻が垂れ、優しげな印象を与える……化学教師の浅間に似た───
「……えっ、吉岡の連れ?!」
驚きながらも、訝しげるような声。
視線を移せば、ワンレンボブの女性店員が更に眉根を寄せ、僕の隣に座る男性──吉岡と僕とを、黒眼を動かして交互に見る。
「……一体、どういう関係?」
怪訝そうな彼女に、吉岡が変わらぬ笑顔でサラリと答える。
「隣人関係……かな」
「……え、何それ」
意味が解らない……と、言わんばかりに顔を引き攣らせる。
「じゃーアコちゃんも、こっちに来る?」
口の片端を持ち上げる彼女に、それすらも柔軟に包み込んでしまう程の笑顔を向けた吉岡が、自身の太腿を二回叩く。
「吉岡のここ、空いてるよ」
「………は?! バッカじゃないの?!」
吉岡の隣に座るサラリーマンをチラリと見た後、吉岡のそこに視線を落とした彼女──アコが、唇を尖らせ冷たい視線を送る。
「……」
そんな二人のやり取りを他所に、驚きを隠せぬまま吉岡の顔をじっと見ていた。
……スーパーで一度会っただけの……アパートの隣人。
たったそれだけなのに。どうして僕のパーソナルスペースに、平気で踏み込んでくるんだろう……この人は。
「……ん、どうかしました?」
アコがツンッとそっぽを向き、カウンターから離れていくのを見送った吉岡が、穴が空くほどじっと見つめる僕に視線を移し、爽やかな笑顔を返す。
ハッと我に返り視線を逸らせば、カウンターに両腕をのせて頭を傾げた吉岡が、僕の顔を覗き込む。
「ていうか。
……どうして逃げないんでしょう?」
「………!」
人懐っこい、柔らかな笑顔。しかしその瞳は、何処か尖るものを感じる。
「逃げるなら、今だと思いません?」
口角をクッと持ち上げ、頭を戻した吉岡が、黒眼だけを動かして店のドアを指し示す。
「………」
逃げる……って、そっちの意味か。
狂犬のハイジが離れている今、逃げるには絶好のチャンスだよ……とでも言いたいのだろう。
でも僕は、ハイジから離れたりしない。
僕はハイジと逃亡して、一緒になるんだから……
「それさ、上手く隠してるつもりみたいだけど。……振るわれたんでしょ、暴力」
片肘を付き、再び頭を傾げて僕の顔を覗き込む。
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