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第100話

その視線が、僕の額と……首元に注がれた。 額には、床に強く打ち付けられた時に出来た青痣。 首元には、首輪に収まり切らなかった圧痕と幾つかの鬱血痕。 「ああ、もしかしたら……逃げないんじゃなくて、もう逃げられないのかもね」 優しげに……しかし何処か含みを持たせた瞳を滲ませる。 「……あのさ、ストックホルム症候群って知ってる?」 吉岡の口角が片方だけ持ち上がる。 「監禁とか暴行とか………強いショックを与えられた後に優しくされると、何だか生命を救われたような気がして、特別な感情が芽生えるんだって。 ……ストックホルムで実際に起きた人質立て籠もり事件では、人質達が犯人を庇って、銃を持って、警察官に立ち向かったそうだよ。 そうそう。 ……日本でも昔、中年の男性に強姦目的で拉致監禁……飼育された女子高生が、犯人に優しく扱われているうちに特別な感情を抱いて、恋人関係にまで発展した事件があったんだって」 「……!」 もしかしてそれが……僕と同じだとでも言いたいのか……?! カッと頭に血が上り、吉岡を睨む。 「……少し、冷静になったら?」 瞳を緩め、均等に口角を上げて微笑む。 その何とも柔らかい雰囲気に堪えきれず、先程のアコのように視界から吉岡を消した。 嫌な感覚がする。 だけど、悪い人……ではないような気もする。 麗夜みたいに、僕を思って言ってくれたのかもしれない…… 無意識に、自身の首元に手をやる。 「………」 確かにハイジは、カッとなったら手が付けられない。 でも、この前の夜みたいに……無感情のまま僕を思い通りにする事もある。 ……怖い。 ああなったハイジは、怖い。 でも、底無しに優しいハイジも知ってる。 ″ 強いショックを与えられた後に優しくされると、何だか生命を救われたような気がして…… ″ ……違う、違う、違う! 僕は、ハイジに飼育なんかされてない。 頭を小さく振って、その言葉を払拭した。 「……お、来た来た」 独りごちた吉岡が、スッと腰を上げる。 無意識に反応し、立ち上がった吉岡をチラリと見上げた。

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