101 / 555

第101話

僕に背を向けて立つ吉岡。 来た、というのはバーカウンター内にいる女性店員の事では無いらしい。 振り返る事無く無言で僕から去っていく。軽快な足取りで。 ガールズバーで誰かと待ち合わせ、なんて有るのか解らないけれど……そういう事だったみたいだ。 前屈みで会話を楽しんでいる隣のサラリーマンとバー店員の間から、遠くに見える店のドアへと向かう吉岡の姿が視界に映る。 それを見送った後、残ったお茶漬けを平らげようと視線を戻そうとした時だった。 「………!」 ドア前に立ち止まった吉岡に、今し方入店したのだろう男性が近付いた。 その人は、髪を全て後ろに流し、高級そうなスーツを身に纏い……他の客とは違うオーラと、何処か色気を含む大人の雰囲気を漂わせていて……… 「………」 ………りゅう、いち……? 目を、見張った。 見紛える筈なんて、ない。 瞬間、店内に流れる音楽も、人々の会話も、ハイヒールの音も……全て消える。 流れる時間がやけにゆっくりで、 店員も客も……何もかもが薄ぼんやりとしたシルエットにしか感じない。 ドクンッ…… 心臓が大きく胸を打つ。 ドクン……ドクン…… 次第に脈動が早くなり、全身が痺れ、火傷しそうな程熱くなっていく。 ……竜一…… 愛しさが容赦なく沸き上がり、全身を駆け巡って血肉となる。 ……竜一…… ……目頭が熱くなり、胸は締め付けられ。乱れた呼吸の音が、ヤケに耳奥でくぐもって響く。 ……どうして、僕は…… どうして僕は……今まで…… 目が醒める。 一瞬で。 世界が反転する。 「……」 服の下に隠れている、幾つもの赤い痕。 重ねたぬくもり。 あの日の、夜── ハイジに抱かれながら、僕は……僕は…… ″ 強いショックを与えられた後に優しくされると……特別な感情が芽生える ″ ″ ストックホルム症候群って、知ってる? ″ 指先から、熱が引いていく。 息さえ、できない。 僕はずっと……竜一のモノだったのに…… 頭の芯がジリジリと痺れ 痛い程の耳鳴りが襲い 体が強張って………動けない。 ……竜一…… 二人は顔を合わせ、何やら親しげに会話を交わす。 竜一の手が吉岡の肩を叩き、促されるように此方に背を向けた。 幻覚、なんかじゃない…… ……なんで…… 何で竜一が……吉岡と……… 茫然自失に陥る。 瞬きの仕方も、忘れてしまった…… どうし、て…… 息を飲み、カウンターに置かれた両手を握る。 ″……どうして、逃げないんでしょう?″ 吉岡の言葉が、僕を嘲笑うかのように頭の中で響き渡る。 闇夜に吸い込まれる、二つの背中。 僕とを遮るように、店のドアがゆっくりと閉まっていく。 ……待って。 待って、竜一……!! 痺れて感覚を失いそうになる下肢に、何とか力を籠める。 カウンターに両手を付き、腰を浮かせて体を持ち上げようとした。

ともだちにシェアしよう!