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第101話
僕に背を向けて立つ吉岡。
来た、というのはバーカウンター内にいる女性店員の事では無いらしい。
振り返る事無く無言で僕から去っていく。軽快な足取りで。
ガールズバーで誰かと待ち合わせ、なんて有るのか解らないけれど……そういう事だったみたいだ。
前屈みで会話を楽しんでいる隣のサラリーマンとバー店員の間から、遠くに見える店のドアへと向かう吉岡の姿が視界に映る。
それを見送った後、残ったお茶漬けを平らげようと視線を戻そうとした時だった。
「………!」
ドア前に立ち止まった吉岡に、今し方入店したのだろう男性が近付いた。
その人は、髪を全て後ろに流し、高級そうなスーツを身に纏い……他の客とは違うオーラと、何処か色気を含む大人の雰囲気を漂わせていて………
「………」
………りゅう、いち……?
目を、見張った。
見紛える筈なんて、ない。
瞬間、店内に流れる音楽も、人々の会話も、ハイヒールの音も……全て消える。
流れる時間がやけにゆっくりで、
店員も客も……何もかもが薄ぼんやりとしたシルエットにしか感じない。
ドクンッ……
心臓が大きく胸を打つ。
ドクン……ドクン……
次第に脈動が早くなり、全身が痺れ、火傷しそうな程熱くなっていく。
……竜一……
愛しさが容赦なく沸き上がり、全身を駆け巡って血肉となる。
……竜一……
……目頭が熱くなり、胸は締め付けられ。乱れた呼吸の音が、ヤケに耳奥でくぐもって響く。
……どうして、僕は……
どうして僕は……今まで……
目が醒める。
一瞬で。
世界が反転する。
「……」
服の下に隠れている、幾つもの赤い痕。
重ねたぬくもり。
あの日の、夜──
ハイジに抱かれながら、僕は……僕は……
″ 強いショックを与えられた後に優しくされると……特別な感情が芽生える ″
″ ストックホルム症候群って、知ってる? ″
指先から、熱が引いていく。
息さえ、できない。
僕はずっと……竜一のモノだったのに……
頭の芯がジリジリと痺れ
痛い程の耳鳴りが襲い
体が強張って………動けない。
……竜一……
二人は顔を合わせ、何やら親しげに会話を交わす。
竜一の手が吉岡の肩を叩き、促されるように此方に背を向けた。
幻覚、なんかじゃない……
……なんで……
何で竜一が……吉岡と………
茫然自失に陥る。
瞬きの仕方も、忘れてしまった……
どうし、て……
息を飲み、カウンターに置かれた両手を握る。
″……どうして、逃げないんでしょう?″
吉岡の言葉が、僕を嘲笑うかのように頭の中で響き渡る。
闇夜に吸い込まれる、二つの背中。
僕とを遮るように、店のドアがゆっくりと閉まっていく。
……待って。
待って、竜一……!!
痺れて感覚を失いそうになる下肢に、何とか力を籠める。
カウンターに両手を付き、腰を浮かせて体を持ち上げようとした。
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