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第106話

顎裏……歯列……頬裏…… 咥内を嬲り、掻き回し、わざと僕から欲情を引っ張り出そうとする。 それに従いそうになりながらも、ハイジの手を柔く握り返す。抗いの意思を示すように。 「………」 唇が、ゆっくりと離れていく。 眉間に皺を寄せ、僕の顔を覗く切れ長の眼が鋭く尖ったまま、一瞬だけ揺れる。 「……セックスしたって話まで、オレにすンじゃねーよ。………聞きたくねぇ」 「………」 「それにアイツの名前、連呼し過ぎだろ」 ハイジの視線が逸らされ、白金の髪が靡く。 僕を追い出したその鋭い眼に、地を這うかの如く徐々に殺意が芽生えていた。 「……もう、全部知ってっから。 昔の仲間に、お節介野郎がいてよ──オレに逐一密告してきたからな」 昔の……仲間……? 『もし、今すぐ忘れねぇんなら……お前が本当は誰のオンナなのか、俺も忘れねぇぜ』 ……まさか、太一が………? 「………」 でも……太一がそんな、危険な橋を渡るだろうか…… 「オレのさくらにチョッカイ出して、思い通りにしてたかと思うと──スゲェ(ドタマ)にくるし、今すぐぶっ殺してやりてぇよッ……!!」 「───ッ、」 駄目……それは…… 繋いだハイジの手が、怒りで震えている。 吐く息も乱れて、荒っぽい。 「………ハイ、ジ………」 縋るようにハイジの名を呟く。 その声に反応したハイジが黒眼を向け、僕を見下ろす。 僕と目が合った途端、先程までの荒々しさが収まり……口角を緩く持ち上げながら、繋いだ方ではないハイジの手が僕の前髪を徐に搔き上げる。 「……それでもさくらは、ちゃんとオレん所に戻ってきてくれたンだよな。 オレに抱かれながら、オレを求めて腰振って……色っぽくて可愛い声まで上げて……オレを感じて…… ………だろ?」 真っ直ぐ見下ろす、ガラス玉の瞳。 搔き上げた手が頬を包み、親指の腹で僕の下瞼をスッと引く。 「………」 肌表面から感覚が無くなり、全身が微かに震える。 ちゃんと息ができているのか、涙が溢れてしまったのか………自分でも解らない。 上擦ったままハイジを見つめれば、まだ邪鬼を奥に潜めたままの瞳が緩み、優しい声色で僕に囁く。 「心配すンなよ。奴を殺したりなんか、しねーから……」

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