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第114話
このまま……好きにして……
……ハイジになら、どうされてもいい……
既にぼやけた視界が、溢る涙で更に歪む。
上下に揺れるハイジの顔が、もう……よく見えない。
ぼんやりと見えるのは、無機質な白金の髪と肩の彫り物だけ。
自由に優雅に舞い飛ぶ、アゲハ蝶。
流され儚く舞い散る、桜の花片。
その羽根が徐にひらひらと動き
花片が、その羽風にひらひらと散りゆく……
まるで、その幻想が
僕に訴えかけるかのように……
「……ハィ……ジ、……、っ」
腫れぼったい唇を小さく動かす。
内頬を、殴られた時に歯先で切ったんだろう。
抉れた所を舌先でそっと触れれば、痛みと共に血の滲む味がした。
縋りつくように、ハイジを見つめる。
「ごめん、ね……」
痙攣する声。指先。
身体は確実に、恐怖に犯され怯えきっている。
苦しくて、苦しくて……上擦ってしまう息遣い。
痛さで麻痺する後孔。
その奥から僅かに沸き上がる、快感のようなもの。
僅かなそれにしがみついて、自己防衛しようとする身体と|精神《こころ》。
「………好き、だった……よ……」
大好きだった──
僕にとって、大切な存在だった………
でも、僕は既に……竜一を選んでしまっている……
もし、去年の春……アゲハが竜一を家に連れて来なかったら。
竜一に、初めてを奪われていなかったら。
その時、竜一に対する想いに気付かなかったら。
ハイジのチームの後ろ盾になっていた竜一に、再会しなければ。
ハイジの不在中、太一派の数人から集団レイプをされ……竜一に支えて貰わなければ……
「………」
もし。
もしこの湧き上がるハイジへの感情の多くが、ストックホルム症候群の症状だなんて……気付かされなかったら……
「……お前……」
ハイジの動きが、止まる。
血だか何だかわからない、潤滑油代わりのものが乾き始めていて。それだけで、激痛が走る。
「………んなの、ぜってー許さねぇからな」
再び始まるピストン。
酷く擦れて、傷口が|捲《まく》れて──激しさと苦しさで、悲鳴が小さく漏れてしまう。
「オレと一緒に逃げるって、言ったよな……!?
……もしオレに悪ぃと思ってンなら………黙って付いて来いよ、さくらっ!」
近付く顔。
「……っ、ぅン……」
唇を、塞がれる。
こんな酷い顔の、僕に。
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