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第118話

だけど……どうやって………? もう一度、腕を引っ張ってみる。 無駄な事だと、解っていながら…… ガッ、ギギ…… 空間に、金属音が虚しく響き渡る。 手首に当たる部分には黒革毛皮のようなものに覆われていて、多少乱暴にしでも痛くはない。 多分これも、SMクラブのグッズのひとつなんだろう。 輪っかから手が外れたら……と、引っ張りながら掌を窄めてみる。 これも、無駄なんだろうなと思いながら。 ……はぁ、ぅ…… 力尽きて、両腕をだらんとさせる。 ぼんやりと見つめる、天井。 「………」 ……どうしよう。 どうやって、これを外そう。 どうやって、ハイジから離れよう。 遠くから聞こえる、小鳥達の囀り。 天井が明るくなっていく。 見れば、カーテンにうつる光が強くなっていた。 ハイジが帰ってくるまでに……って思ってたけど、 ハイジにこの拘束を解いて貰ってからの方が、いいのかもしれない。 逃亡中ならきっと、まだチャンスはある。 手錠はされたままかもしれないけど、今のようなガチガチの拘束はないだろうし。 利用するのはタクシーか、電車か…… 何で、どうやって足が付かずに逃げるのか……僕には解らないけど…… 僕はちゃんと、ハイジの隙をついて逃げられるだろうか。 徐に瞼を閉じる。 その瞼の裏に、優しげな表情を浮かべたハイジの顔が浮かぶ。 ……ズキン その刹那、胸が痛んだ。 ″ ……逃げないんじゃなくて、もう逃げられないのかもね ″ 吉岡の言葉が、僕に追い打ちをかける。 「………」 この首輪に見えないリードがついていて、その先をしっかりとハイジが握っているような錯覚に陥る。 僕は……完全にハイジから逃れる事なんて、できないのかも…… もし僕が、何もいわず忽然と姿を消したとしたら……… 残されたハイジは、裏切られたと感じて 今以上に、荒れて 暴力事件を起こしてしまうんじゃないか…… 僕のせいで。 関係の無い人達を巻き込んで。 警察沙汰になって。 もし、それで……誰かを殺してしまったとしたら…… 最悪なパターンを想定し、ズシリと胸が重苦しくなる。 「………」 このまま、ハイジと共に逃亡するか。 それともハイジから逃げるか…… 僕にまた、迷いが生じてしまった。 罪悪感が胸を渦巻く。 ハイジと僕にとって……何が一番最善なのか…… ……はぁ…… 大きく息を吐き、部屋のドアへと顔を向ける。 ジャラ…… 首輪の鎖が、黒革を滑って音を立てた。 ……ガチャンッ その時、玄関の開く音が聞こえた。 口を引き結び、僕は覚悟を決めた。

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