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第121話

近付く足音。 もう迷ってる暇はない。 そう思ったら、身体に緊張が走る。 ドア前で足音が止まり、ノブが下がる。開くドアを見つめていれば、その向こう側から現れたのは── 「………え、」 奇妙な声を上げる、驚いた顔。 ハイジ……じゃない── 予想外の人物に、瞼が大きく持ち上がる。 ……どうして…… 合わせた視線を、上手く外せない。 どうして、ここに…… 「えぇっ、……なんで姫が、ここにいるんスか……?!」 慌てた様子で僕に駆け寄ったのは──モルだった。 低身長。童顔。 毛先に向かって黒から赤へとグラデーションがかった長い髪。その綺麗な髪を、後ろでひとつに束ねている。 「てか……何がどうなってんッスか?! 姫は、リュウさんの所にいたんじゃ──」 クリッとした大きな瞳が見開かれ、そこに僕の全てが映る。 「……ハイジと何か、あった──んスよね、コレ……」 恥ずかしい……とは、不思議と思わない。 モルにはもう、何度も全てを見られているから。……今更隠したってしょうがない。 「………モル」 やっとの事で、声が出る。 モルはいつだって、僕がピンチの時に現れてくれる。凌の時も、若葉の時も。 何だか酷くホッとして。気が緩んだせいだろう。涙腺が少しだけ緩み、目頭が熱くなる。 「……ハイジは、何も悪く……ない、から………」 小さく割り開いた唇から、吐息と共に声を溢す。 「でも……こんな……」 瞳を小さく揺らしたモルが、僕の足元に丸まっていたケットを引っ張り上げ、胸元まで覆い被せてくれる。 「酷いッス。……一体、何があったんスか」 「………ねぇ。これ外す鍵、何処かに落ちてない?」 「鍵?………あっ!」 ガチャン、と手を動かして金属音を鳴らせば、慌てた様子で自身のポケットを弄る。 「……もしかして、コレ……」 取り出したのは、小さな鍵。 片手で構えたそれに視線を落とした後、直ぐに僕を拘束する手錠に手を伸ばす。 カチャッ…… 小さな鍵穴に差し込んで回せば、ふたつの輪っかが簡単に外れた。 「………そっか。そういう事だったんスね……」 手首を擦っていると、モルが真剣な顔で鍵を見つめていた。 「実は、呼び出されて……さっきまで会ってたんスよ。ハイジと」 「……え……」 モルの意外な言葉に、僕は驚きを隠せなかった。

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