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第122話
一時間程前──
繁華街の某所に呼び出され、ハイジと落ち合ったという。
「『大事なモン、忘れたから』って、この鍵渡されて……」
「………」
それは……僕をハイジの元に連れて来るよう頼んだって事?
でも、どうしてわざわざモルに……
「………俺、リュウさんに連絡してきます!」
何の躊躇もない声。
持っていた鍵をベッドに放り、僕に背を向けながら上着のポケットを弄る。
……でも……
そんな事したら、ハイジに……
「モル……お願い……」
まだあちこちが痛む中、ベッドを押し上げ身体を起こそうとする。
──ッ、!
後ろの傷口に走る、鋭い痛み。
ガクガクと内腿が震え、外れた様に腰が重くてまともに動けない。
「大丈夫ッスか?!」
振り返ったモルが、慌てて手を差し伸べる。
僕の身体を支えながら起こし、落ちていた大きめの枕を拾って軽く叩くと、ベッド柵に立て掛けてくれる。
「………ハイジに、会わせて」
そこに背を預け、両膝を立てながらケットを引っ張り上げる。
「ハイジの所に、連れてって……」
はぁ……
浅い吐息を漏らしモルを見上げれば、僕を見下ろしていたモルの目が見開かれていた。
「え……」
「……お願い」
「それ、マジで言ってるんッスか?!」
信じられないとばかりに目尻が上がり、眉根が寄せられる。
「……ん。ちゃんと、話しておきたい事があるの。
もし、モルが傍にいてくれたら……凄く助かるんだけど」
勝手に震えてしまう指先。
もしかしたら、ハイジの抑止力になってくれるかもしれない。
「それは、つまり……
ハイジのオンナに戻りたい……って事ッスか?」
「……え……」
モルの言葉に、驚きを隠せない。
何だか話が、上手く噛み合ってないような気がして……二人の間に漂う空気がおかしなものに変わっていく。
「もし、そうじゃないなら……ハイジはちゃんと解ってると思うッスよ。
俺に鍵預けて、『持ち主に返しといてくれ』『行けば解っからよ』って……そう言ったんスから」
「……ッ!」
……ハイジ……
胸の奥が、ツキン…と痛む。
目頭が熱くなり、込み上げてしまいそうになる涙をぐっと堪える。
『………じゃあ、な』
脳裏を過ったのは──振り返らずに去って行く、ハイジの背中。
……それじゃ……
あのキスは……お別れのつもりで……
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