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第126話

「………姫」 心外そうな瞳が、僕を見つめる。 多分、酷い顔をしてるんだろう。 文字通りの性暴力を受け、腫れた顔は乾いた血に塗れ……全然説得力なんて、ないのかもしれない。 「……」 モルは、知らないんだ。 ここでの出来事を、何一つ。 目に見えてるものだけしか、多分見えてない。 でも、それは仕方がない事だと思う。 モルにとっては、この光景こそが真実なのだから── 「……シャワー、浴びたい。モル、肩貸して……」 視線を下げ、小さく呟きながらケットを外す。ベッドに片手を付き腰を浮かせ、モルに身体を寄せる。 「了解ッス」 ベッド端に座り、自身の肩に僕の腕を回して引っ張り上げようとした。 ──その時。 「……よぉ、モル!」 勢いよくドアが開き、低声と共に大きな影が部屋に侵入する。 黒革の靴。高級スーツ。オールバックにドス黒いオーラ。 何処からどう見ても、ソッチの世界だと解るその人は── 「………龍、さん」 モルの驚いた声。 「……」 忘れもしない。 竜一のアパートに、ハイジと共に現れた──大友組の若頭補佐。 「ここまで案内、ご苦労だったな」 「……!」 眉尻を吊り上げ、息を飲むモル。……後を付けられていた事を悟ったんだろう。 「……まさか、ハイジがこんな所に住んでたとはなァ」 そう言いながら、ゆっくりとした足取りで龍成が此方に近付く。 僕の背中に当てられていたモルの手が、僕の二の腕を摑んで強く引き寄せる。 「モル。さっきお前、”姫”とか言ってなかったかァ?  何だお前……そのオンナに惚れてんのか」 龍成がベッド端にドカッと座る。 そして足を組み、自身の顎先に手を掛け、少し離れた所から僕をジッと見据えた。 「まさか。ハイジの姫ッスから」 へらっと笑ってモルが答えれば、龍成の口端が緩く持ち上がった。 「……山本のオンナ、の間違いだろ?」 ねっとりと、絡み付くような視線。嫌悪感を剥き出しながら、睨み返す。 「それから、アゲハの実弟。……だよなァ、工藤さくら」 その目が据わり、瞬時に迫力が増す。

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