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第129話
「……わかった」
掴んでいたケットを引っ張り上げ、身構える。
僕の返答に対し、モルの首を掴む手が簡単に離される。もうお前に用はないと、軽く突き飛ばすように。
後ろに転がったモルが、背中を丸め喉元を押さえながら、苦しそうに声を絞り出す。
「………ひ、め……っ、」
此方を見据えながら、龍成がゆっくりと腰を上げる。その双眸はハイジの比ではない程の邪鬼を孕み、ゆらりと揺れながら僕に近付く。
「……」
ベッド端に座り、スッと顔を僕に寄せると、耳元でボソリと囁く。
「アゲハの居場所、教えろ」
「……ぇ……」
それは……どういう……
予想外の台詞に、一瞬、理解が追い付かない。
「……」
龍成とアゲハは、中学時代──仲の良い友達だった。
化学室に入り浸ったり、家に招いたり。
……だけど。
アゲハのバックには、美沢|大翔《タイガ》──龍成と敵対する組織、虎龍会がついている。
アゲハに危害を加えるつもり、なのだろうか。
「それ聞いて、どうするの?」
指先が、身体が、……震える。
でも、アゲハが悪いようにされてしまうのは嫌だ。
「……愚問だな」
鼻で笑った後、それまで尖っていた眼が少しだけ緩み……何処か含んだように柔らかな笑みを一瞬だけ漏らす。
「久し振りにツラ、この目で見たくなっただけだ」
龍成の手のひらが僕の顎下に差し込まれ、クイッと強引に持ち上げられる。
冷たい眼。
その眼の奥には、何処までも続く暗い闇が広がり、底が見えない──
………吸い込まれる。
底冷えの如く、身体の芯から震えが止まらない。
「……」
……怖い……のに、
目が、離せない……
「……あー、龍成さん」
部屋の入り口から、人影が差し込む。
緊迫した雰囲気にそぐわない、人懐っこい声。柔和な口調。
そのせいで、一気に空気が緩む。
「……って。
まさか、その子に手ぇ出しちゃうつもりでした……?」
その声に、龍成が手を離す。
ガラス玉のような眼が其方へと動き、それに引っ張られるように視線を動かす。
龍成の肩越しから聞き覚えのある声の主を見れば、そこに立っていたのは
───吉岡だった。
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