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第132話

……え…… 一瞬、頭の中が真っ白になる。 去年の今頃から数ヶ月間、溜まり場で生活を共にしていた筈なのに…… 目の前のモルが、瞳孔の開いた僕を安心させるように、笑顔を見せる。 「……」 それに答える余裕もなく、あの頃の記憶を、必死で追い掛けた。 だけど思い出されるのは、溜まり場での独特な雰囲気とヤニ臭さ。 はしゃいで目立っていた人や、よく話し掛けてくれた人達の顔は思い出せるけれど……吉岡の顔までは、思い出せない…… 「……そうだよ、姫。 僕の事、忘れちゃった……?」 助手席に座った吉岡が、座席に肘を付いて振り返り、柔和な笑顔を見せる。 「……そうだ、吉岡。リュウさんに連絡取れないッスか? 俺、龍成さんに携帯取られたままで………」 モルが身を乗り出して頼めば、吉岡は表情を変えず……口元だけを小さく歪めた。 「……へー。僕に、そんな事まで頼んじゃうんだね……」 柔和ではない、トゲのある声。物言い。 瞬間、空気が一変する。 それまで和やかだった雰囲気は緊張感へと変わり、ピンと張った空気に息苦しさを感じた。 「類くん。……今は立場も状況も違うって事、解ってる……? チームやってた頃の仲間だからとか………そういうの、僕には通用しないからね」 表情は変わらない。 瞳だって、綺麗に澄んで穏やかなままだ。 ……なのに…… この肌で感じるピリピリ感── 「……」 モルもそれは感じているのだろう。 表情を堅くしたまま、吉岡を見つめる瞳が揺れていた。 「んじゃあ、そろそろ行こっか」 両方の口角を綺麗に持ち上げた吉岡が、軽やかな口調で運転手に指示を出す。 モルや僕の反応が、余程おかしかったのだろう…… 吉岡は、遠足に出掛ける小学生のように浮かれた表情をしていた。 エンジン音。 薄雲が僅かしかない、爽やかに晴れ渡った青空の下……黒い車が走り出す。 隣に座るモルは、押し黙ったまま眉を(ひそ)めていた。 そのモルから視線を外し、窓の外を眺める。 夜でしか見た事のなかった景色。 後ろを振り返れば、ハイジと過ごしたウィークリーマンションの全貌が見える。 「……」 行き先は、何処なのか。 これから一体どうなってしまうのか…… 僕には、全く検討が見当が付かなかった。

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