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第134話

……え…… 一瞬、頭の中が真っ白になる。 去年の今頃から数ヶ月の間、溜まり場で生活を共にしていた筈なのに…… 目の前のモルが、目を見開いた僕を安心させるように笑顔を見せる。 「……」 それに答える余裕もなく、あの頃の記憶を必死で追い掛ける。 だけど──思い出されるのは、溜まり場での独特な雰囲気とヤニ臭さ。 騒いで目立っていた人や、よく話し掛けてくれた人達の顔は思い出せるけど……吉岡の顔までは、よく思い出せない。 「……そうだよ、姫。 僕の事、忘れちゃった……?」 助手席に座り込んだ吉岡が座席に肘を付いて振り返り、柔和な笑みを見せる。 「そうだ、吉岡。リュウさんに連絡取れないッスか? 俺、龍成さんに携帯取られたままで……」 モルが身を乗り出して頼めば、吉岡は表情を一切変えず、口元だけを僅かに歪める。 「……へぇー。僕に、そんな事まで頼んじゃうんだね……」 柔和ではない、何処かトゲのある言い方。 その瞬間──空気が一変する。 それまで和やかだった雰囲気は消え、ピンと張り詰めた空気に息苦しさを感じる。 「類くん。立場も境遇も全然違うって事、解ってる? チームやってた頃の仲間だからとか……そういうの、今の僕には通用しないからね」 柔和な表情のまま、何ひとつ変わらない。 瞳だって、綺麗に澄んでいて。穏やかなままなのに…… 肌で感じる、ピリピリ感── 「……」 モルもそれは感じているのだろう。 表情を堅くしたまま、吉岡を見つめる瞳が揺れていた。 「んじゃあ、そろそろ行こっか」 両方の口角を綺麗に持ち上げた吉岡が、軽やかな口調で運転手に指示を出す。 モルや僕の反応が、余程おかしかったのだろう…… 吉岡は、遠足に出掛ける小学生の如く浮かれた表情を浮かべていた。 エンジン音。 薄雲が僅かしかない、爽やかに晴れ渡った青空の下──黒い車が走り出す。 隣に座るモルは、押し黙ったまま眉を|顰《ひそ》めていた。 そのモルから視線を外し、窓の外を眺める。 夜でしか見た事のなかった景色。 後ろを振り返れば、ハイジと過ごしたウィークリーマンションの全貌が見える。 「……」 行き先は、何処なのか。 これから一体、どうなってしまうのか…… 僕には、全く検討が見当が付かなかった。

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