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第138話

「……や、めろっ!」 男の手が、モルの二の腕を掴む。 肩で強く払い退け、助手席へと身を乗り出す。 「吉岡っ、テメェ………随分と性根が腐ったんッスねっ!」 「……やだなぁ、類くん。僕が性悪なの、忘れちゃった?」 声を荒げたモルに対し、涼しげな顔で飄々と答える吉岡。しかし、堪えきれなかったのだろうか。直ぐに破顔し、不気味な程に高笑う。 それがしゃくに障ったんだろう。 片手を伸ばし、吉岡の襟口を摑んで引っ張る。 それに答えるべく。冷静な顔つきに戻った吉岡が、無抵抗のまま閉口したその片端を、クッと持ち上げる。 「………淋しいなぁ。 僕は類くんを、片時も忘れた事なんてなかったのに」 ギリッと奥歯を噛み締め、睨み付けるモル。 小柄で可愛い見た目ながら、その迫力は鬼気迫るものがあった。 「ねぇ類くん。言う事はちゃんと聞いておいた方がいいよ。 ……姫を大切に思うなら、尚更」 「……」 たった、一言。 最後の言葉だけで。 握り締めたモルの手が………簡単に剥がれていく。 山道を、車が登る。 揺られながら、先程のモルの表情を思い返していた。 『……姫……』 男達に腕や肩を掴まれ、車外に引っ張り出されながら……モルは最後まで、僕から目を逸らさなかった。 不安げに、その瞳が揺れながらも── 「……そんなに類くんが心配?」 ドアに寄り掛かって窓の外をぼんやりと眺めていた僕に、吉岡が声を掛ける。 「忠誠心を見せておきながら、姫の寝込みを襲った奴だよ……?」 「……」 「心配なら、自分の身の上だけにしておきなよ」 「……」 その声に、不思議と悪意は感じられない。 事実だけを的確に述べている点では、ガールズバーで会った時と同じ。 「この後、性欲モンスターに夜通し抱かれるんだからさ。……その身体で」 「……」 掴めない。吉岡が。 一体何を考えているのか、解らない。読めない。 陥れて楽しんでいるようにも感じるし、僕の事を思って心配してくれているようにも感じる。 だけど…… やっぱり、人としては……嫌いだ。

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