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第136話
「……や、めろっ!」
男の手が、モルの二の腕を掴む。
肩だけで強く払い退け、助手席へと身を乗り出した。
「吉岡っ、テメェ………随分と性根が腐ったんッスねっ!」
「……やだなぁ、類くん。僕が性悪なの、忘れちゃった……?」
声を荒げたモルに対し、吉岡は涼しい顔で飄々と答える。しかし堪えきれなかったのか、直ぐに破顔した。
それがしゃくに障ったのか。
右手を伸ばし、吉岡の襟口を摑んで引っ張る。
それに答えるかの如く、冷静な顔に戻った吉岡が無抵抗のまま一度閉口し、その片端を持ち上げた。
「……淋しいなぁ。
僕は類くんを、片時も忘れた事なんかなかったのに」
ギリッと奥歯を噛み締め、モルが睨みを利かせる。
小さくて可愛い見た目ながら、その迫力は鬼気迫るものがあった。
「ねぇ類くん。言う事はちゃんと聞いておいた方がいいよ。
……姫を大切に思うならね」
「……」
たった、一言。
最後の言葉だけで。
握り締めたモルの手が………簡単に剥がれ落ちた。
山道を、車が登る。
揺られながら、先程のモルの表情を思い返していた。
『……姫……』
男達に腕や肩を掴まれ、引っ張り出されながら……モルは最後まで僕から目を逸らさなかった。
不安げに、揺れながらも──
「……そんなに類くんが心配?」
ドアに寄り掛かって窓の外をぼんやりと眺めていた僕に、吉岡が声を掛ける。
「忠誠心を見せておきながら、姫の寝込みを襲った奴だよ……?」
「……」
「心配なら、自分の事だけにしておきなよ」
「……」
その声に、不思議と悪意は感じられない。
事実だけを的確に述べている点では、ガールズバーで会った時と同じ。
「この後、モンスターに夜通し抱かれるんだからさ。……その体で」
「……」
掴めない。吉岡が。
一体何を考えているのか、解らない。読めない。
陥れて楽しんでいるようにも感じるし、僕の事を思って心配してくれているようにも感じる。
だけど、やっぱり、人としては……嫌いだ。
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