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第145話

「……く、どう………」 あれだけ饒舌だった彼が、途端に口数が減った。 驚き見開いた黒い瞳に、妖しい笑みを浮かべる僕が映る。 瞬きを忘れた彼が、顎下に掛かる僕の手首を摑んだ。僕を見据えたまま…… 「……」 「ん、なぁに……?」 その手のひらが、汗ばんでいる。 じっとりと湿り、ベタついて……気持ち悪い。 「……だ、ダメだよ……そんな事……したら……」 「どうして……?」 口が勝手に動く。 コイツの手を振り払って、さっさと部屋から追い出してやりたいのに…… 「……僕がどんな反応するのか、知りたいんでしょ……?」 「……」 「素直になってみたら……? もう少し。……ねぇ」 首を少し傾げチラリと舌先を覗かせれば、男の喉仏が上下に動いた。 握られた手に籠められる力。 もう片方の手が、僕の肩に触れた……その時── ガチャン、 突然、入り口のドアが勢いよく開いた。 瞬間──ハッと我に返る。 入り口から吹き込んだ風によって空気が流れ、僕と男を取り巻く妖しい雰囲気が取り払われる。 「……オイ、五十嵐」 目の前の男が、冷や水を浴びせられたような表情に変わった。 「何やってんだ、お前」 「………菊地、さん…」 僕からパッと手を離し、慌てふためきながらベットから降りる。 菊地── その視線の先──ドア前に立つ男、菊地が、五十嵐と呼ばれた目の前の男に威圧を与えていた。 もし、五十嵐が僕の挑発に乗って、僕を押し倒していたとしたら…… それ以上の事になっていたら…… そう思った途端、背筋に寒気が走った。 「勝手に上がり込んでんじゃねぇ」 「……す、すみません」 「いいから、持ち場に戻ってろ」 深々と頭を下げた五十嵐に、菊地は訝しげな表情をして見せた。 「……はい」 頭を下げたまま、五十嵐が僕の方へと視線を向ける。 惜しむような、同情するような 何とも言いようのない、複雑な瞳…… 五十嵐と入れ違いに、履物を脱いで上がり込んだ菊地が此方へと近付く。 身形。背格好。 それはあまりに普通すぎて、想像していた菊地像を(ことごと)く覆された。 確かに纏うオーラはそれなりのものを感じる。だけど、龍成を世話したという人物なのだ。 どんな凶悪で凄いオーラの持ち主なのだろうかと、心の何処かで身構えていたというのに──

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