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第150話
ちゃぷん……
水音が響き、水面が揺れる。
「……お前、相当ヤられてたんだな……」
僕が中々バスルームに現れないのに痺れを切らした菊地は、腰にタオルを巻き付けた状態でベットルームへと戻って来た。そして、僕が壁伝いに歩くのを見て悟ったらしい。
「この首輪の下にあんの、痣だろ」
「……」
「突っ込まれながら首絞められた……って所か」
浴槽の中。背面から抱き締められた後、首輪を持ち上げられる。
露わになった項にかかる、男の吐息。距離の近さに驚きながらも、逃れようもなく無抵抗を貫く。
「……誰にやられた」
どういう気持ちでそう聞いたのか、僕には解らない。僕をどうしたいのか。その相手を知って、どうするのかも。
「俺がソイツを半殺しにしてやろうか」
「……」
……どうして……
さっきまで、自分は凶悪犯だと言って僕を威圧し、支配し、散々いたぶって思い通りにした癖に。
……何で今度は……そんな事……
「今、『何でそんな事』って思っただろ」
「……」
菊地の左手が僕の顎に回る。
「俺もだ。……テメーみてぇなガキ臭ぇ奴に、何でんな事口走ったんだろうな」
「……」
「まぁいい。……こっち向け」
グイッと後ろへ誘導される。
身を捩って振り返れば、サングラスのない菊地の素顔が視界に入る。
右目の下──頬骨の上辺りを中心に鱗のような薄い瘡蓋。
サングラスでギリギリ隠れる場所。
「口、開けろ」
覗き込むようにして菊地の顔が近付き、唇が重ねられた。
『お前──俺を誰だと思ってやがんだ』
『コンクリ詰め事件の、主犯だ』
──もしその言葉が本当なら、この人はハイジの実父だ。
龍成の命令により、ハイジは菊地の下で受け子をしていたと言っていた。
『ハイジが変わったのは、父親と再会してからだって』──モルの言葉が蘇る。
……もしかして龍成は
知っててわざと、ハイジを……?
──でも、一体何の為に。
自分の立場を解らせる為?
まさか、従順な狂犬に仕立て上げる為だった……とか……
『菊地さんに頼んでみなよ』──不穏な笑みを浮かべながら、そう告げる吉岡の顔が思い出される。
──あれは、知ってて面白がっている顔だった……
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