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第155話
それ、どういう意味……?
正義感溢れた、潔癖で力強い瞳を僕に向けてるけど──自分は汚い詐欺の片棒を担いでるじゃないか。
「……以前、一度だけ、デリヘル嬢がここに来た事があるんだよ。
ああいうのは商売だから、割り切ってるというか、合意って事になるんだろうけど………
菊地さん、その……“夜通し”だったんだ」
「……」
「流石に限界だったんだろうね。『助けて』って。隣の建屋 にまで悲鳴にも似た叫び声が、何度も何度も聞こえたらしい。
後日、その店からクレームが入ったんだよ。でも菊地さん、vaɪpər のリーダーと仲が良いみたいで。話つけて貰って……
──それで、全て……解決」
カップスープにプラスチックスプーンを突き差し、くるくると掻き混ぜる。
「菊地さん……マジでやばい人だよ。
多分、人を……殺してる」
「……」
「初めてセミナーを受けた時、『俺はコンクリ詰め事件の主犯だ』『ネンショー上がりだ』って、俺らに怒鳴りつけて脅して。その迫力に、集まった人達全員竦み上がっちゃってさ。
……俺、凄い所に来ちゃったんだなって……
菊地さんの事を調べようにも、身分証や外部と連絡がつくような私物を既に取り上げられてて。……逆に、こっちが身辺調査されてて、何かしらの弱みを握られてる。
──管理、されてるんだ」
自分が飲む訳ではないのに、五十嵐がふぅーっ、とカップスープに息を吹き掛ける。
そうしてベッド端に腰を掛けると、横になったままの僕を見下ろした。
「今残ってる掛け子は、“菊地さんの従順な飼い犬”状態なんだよ。
前に、脱走に失敗した奴がいて。秩序を乱す悪い奴だと吹き込まれて……集団リンチ、させられた。
瀕死の状態になったそいつを、カップル狩りグループの奴らが何処かへ連れて行った。
───多分……始末、されたんだと思う」
「……」
自分達で殺してしまった………
その心の重みを解消する為に、目の前に用意された仕事を熟す。
──初めてあの部屋に入った時の異様な雰囲気は……そういう事、だったんだ……
「……でも……五十嵐は、随分平気そうだね」
嫌味、でもある。
だけど……関わったにしては、妙に普通でいられるのに違和感を感じた。
「………ああ。うん。
俺は、そのリンチに偶々関わってなかったから」
「……どうして?」
無遠慮に聞けば、一瞬だけ五十嵐の眉間に皺が寄った。
「………それは……
俺に、帰る場所があるから……だ」
「……」
五十嵐の眼が泳ぐ。
それを見られまいと僕から直ぐに顔を背ける。眩しい程の朝日が射し込む窓。そこに、視線を落ち着かせたように見えた。
「……けど、自分の部屋に逃げ込んだ所で、全てから解放される訳じゃないだろ。
またここに戻って来て、犯罪の片棒を担がなきゃ………俺や、俺の大切な人の人生が、滅茶苦茶にされてしまう、から……」
語尾が、僅かに震える。
丸めた背中が、小さく震えている。
……もしかして……泣いて……る……?
「……」
手を伸ばしかけて、止める。
僕から顔を逸らした時点で、触れて欲しくはないんだろうから。
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