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第158話
×××
何となく、感じる視線───
ぱちんと目を開けると、直ぐ横に菊地の姿があった。ベッド端に腰を下ろし、片手を軽く付いて僕を見下ろしている。
今までずっと、僕の寝顔を見ていたんだろうか。
というか……いつの間に眠ってしまったんだろう……
視線がぶつかったままでいると、菊地の目元が少しだけ緩む。
その表情が、何処となくハイジに似ている──
いや、よく見れば、目の形も瞳に秘めた色も、鼻筋も……どこもかしこも、ハイジそのもの。
顎髭を無くして、もっと若くして、髪を長めの白金にしたら──
「……そんなに似てるか、高次 に」
「え……」
言い当てられて、ドキッとする。
この人……心を読み取る能力に、長けているんだろうか。
初めて会った時から、次々と僕の思った事を的確に言い当てている。
だとしたら……この人の前では、本心を隠せない。
……隠しようがない。
下手に誤魔化そうとしたりするのは、危険だ。
そう思ってふと気付く。
……もしかしてこの考えも、見透かされただろうか……
「………参ったな。
昨日、めちゃくちゃに抱いたってぇのに。んなキラキラした大きな瞳でじぃっと見られたら………調子、狂っちまうじゃねぇか」
意外な事に。
菊地の頬が僅かに朱に染まり、黒目が他所へと向けられた。
蛇足的に、顎の不精髭まで弄りだして。
暴力の後 、途端に壊れ物にでも触れるような態度が……余計にハイジを彷彿とさせた。
「………高次なら、大丈夫だ」
小動物でも見るかのように、再び菊地が僕を見下ろす。
「辻田には手ぇ出させねぇようにしてある。……安心しろ」
強いオーラを放つ眼。
顎を弄っていた手が伸び、僕の髪にそっと触れてくる。
「……」
この人は、何処まで僕の事を解っているんだろう……
その視線で、僕の奥に眠る記憶の全てをスキャンしたんだろうか。
「だからちゃんと飯、食えよ」
「……」
髪に触れていた指が柔く折られ、指の背で僕の頬を優しく撫でる。
顎先までくれば、人差し指でそれを引っ掛け、僕の顔を少しだけ持ち上げて角度を付ける。
……僕を捉える、優しい双眸。
柔らかい光を宿す瞳の奥から滲む、トロトロとした蜂蜜のような甘い色。
その瞳に吸い込まれるうちに、記憶の中のハイジと重なり──僕を底無しに甘やかすハイジの瞳と菊地の瞳が………シンクロする。
ドクンッ……
瞬間──心臓が激しく高鳴り、頬がカァッと熱くなる。
違う……
……この人は、ハイジじゃない。
理性の残る頭で、何度も何度もそう言い聞かせる。
だけど、ストックホルム症候群の症状が現れてしまった僕に──コントロールする力は、殆どなくて。
「………まぁいい」
指が離れる。と共に、菊地が顔を上げ窓の方を見る。
釣られて僕も窓を見れば、外はすっかり闇に包まれていた。
「動けるか……?」
「……」
「出掛けるぞ」
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