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第159話

××× 「……いらっしゃいませ」 菊地に支えられながら店に入れば、カウンター奥から穏やかな声が聞こえた。 照明を落とし、静かでムーディーな雰囲気を醸し出す店内。 ぼんやりとした淡い光を放つウォールライト。その壁側に整列する、アルコール類のボトル。カウンター上部には、シックでお洒落なスポットライトがぶら下がっていた。 「あら、寛司(かんじ)じゃない」 カウンター奥から現れたのは、身体の線の細い男性。 男性というには失礼なのではないかと感じる程、物腰が柔らかく女性的に見える。面長ですっきりとした顔立ちは、和風美人といった印象を受けた。 少し長めの襟足。横髪を前から後ろに流し固めている。白に近い金髪は、透き通る白い肌と同化しているみたいだ。 「其方の可愛い子は?」 「……若葉の甥だ」 「ふぅん。この子がねぇ……」 僕を見る店員の目付きが変わる。 単なる興味本意から、興味津々……といった感じ。 ……若葉を、知っているんだろうか。 「いつものでいい?」 「……いや、酒はいらねぇ」 答えながら、甲斐甲斐しくカウンターチェアに僕を座らせてくれる。その様子を眺めていた店員が、口角を僅かに上げる。 「今日は、メシ食いに来ただけだ。……消化に良くて精のつくもん、出してくれ」 店員が僕をチラリと見た後、視線が首元で止まる。何となく居心地が悪くなって首を竦めれば、口角を更に持ち上げ目を細めた。 「………かしこまりました」 丁寧な言葉遣いと共に頭を軽く下げた後、店員は店の奥へと捌けていった。 「……」 黒革の首輪に、そっと触れる。 僕を、飼い犬だとか思ったんだろうか。 「……アイツ、何か勘違いしやがったな」 隣で菊地が小さく舌打ちし、独りごちる。 それに反応して顔を上げれば、菊地が僕の顔をじっと見た後、少しだけ面倒臭そうな表情を浮かべて溜め息をついた。 「心配すんな。そういう偏見を持つようなヤツじゃねぇから」 「……」 片手を伸ばし、僕の髪をくしゃくしゃと雑に掻き回す。 「(りん)も俺と同じ、ネンショー組なんだよ」 瞳が僅かに揺れ、僕を見ながら何処か遠くを眺めるような目付きに変わる。 「見ての通り、女みてぇに華奢で綺麗な顔してっから。……入ったその日に、全員の“オンナ”にされてな……」 「───ねぇその話、今ここでする?」 カウンター前に戻ってきた彼……倫が、涼やかな表情を浮かべながら話を遮った。 意味深な視線を菊地に送った後、運んできたグラスをふたつ、先に並べたコースターの上に置く。 「………なんだ、これは」 「ふふ。何だと思う?」 ほんのり緑がかった、限りなく透明に近いドリンク。カラン…、と氷が動くと、その隙間から小さな気泡が立ち上り、しゃわしゃわと微かな音を立てた。 グラスを持ち上げた菊地が、鼻先に近付けてクン…と嗅ぐ。 「……紫蘇、か?」 「あたり。……アトピーに効くって聞いたから、作ってみたのよ」 「こんなんで効くのか?」 「あら。私の作った料理で小康状態になったのは、|何処《どこ》の|何方《どなた》かしら?」 倫の大人びた顔が、一瞬で悪戯っ子のようなあどけない表情に変わる。 得意そうな瞳は、無邪気な子供そのもの。 「……そうだな」 菊地がそれに折れ、グラスに口を付ける。

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