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第161話

「回復した倫が、そのまま別の院に移監された後──暫くして入ってきたのが、若葉だ。 綺麗な容姿に強烈なフェロモンときたら、手ぇ出さねぇ奴なんていねぇだろ。倫の二の舞になるだろうと予想してたが……それを見事に裏切ってくれたよ、若葉は」 一度口を噤んだ菊地は、ドリンクをゴクゴクと一気に飲み干す。 カラン…と、氷とグラスのぶつかる音が、静寂した空間に響く。 「……さくら。 世の中には、二通りの人間が存在する。──支配する者と、支配される者だ。 これは生まれ持ったもんで、どう努力してもどう足掻いても、その本質は変わらねぇ。 若葉は、支配する側の人間だ。 あの強烈な色気と男を虜にする|手練手管《テクニック》を武器にして、腕っぷしでは敵わねぇ相手でも手のひらで転がす才能がある。 その点お前は……逆だ。 しかもただ支配されるだけじゃねぇ。質の悪い事に、支配する奴の奥に秘めた本能を擽り、駆り立てて引き出しちまうもんがあるんだよ」 ……確かに。 そう言われると、そうかもしれない。 今まで僕と関わってきた人達は、僕を追い詰めるだけ追い詰め虐げるか、手中に収めて愛でるか──その両極端しかなかったような気がする。 「……」 ぶるっ、と震える身体。 見えない何かが背後から忍び寄って、僕を羽交い締めにしたような感覚に襲われる。 その様子に気付いた菊地が、似合わない笑顔を浮かべ、僕にそっと手を伸ばす。 「……心配すんな。何も悪い話ばかりじゃねぇ。 今の俺は、お前を守ってやりてぇって気持ちが湧いてるからな」 「……」 少しかさついた指先が壊れ物にでも触れるかのように触れ、僕の頬を優しく包む。 戸惑いながら見上げる僕の瞳を、菊地が愛おしげに見つめ返す。 「別の院に移監された倫はな、そこの猿山のボス──vaɪpər(ヴァイパー)のリーダーに見初められて“専属のオンナ”になったんだ。 ……今もその関係は、続いてる。強い権力に守られてるからな。もう手ぇ出すようなバカはいねぇよ」 「……」 「まぁ、今の俺にはその力は無ぇが。それなりに、人脈とコネは持ってるつもりだ」 「……」 真っ直ぐ僕を見つめる瞳。 カウンターから跳ね返る暖色系のライトに淡く照らされ、蜂蜜のように甘い色を含んだその瞳に、優しさが滲んでいく。 その真剣な目を、外せない。 「俺のオンナになれよ、さくら。 不自由はさせねぇ。 俺が生きてる限り、お前を守ってやる」 「……ぇ……」 僅かに驚く僕に、菊地の真剣な顔がスッと近付く。

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