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第164話

「倫は最初、俺の“オンナ”だったんだ」 「……」 溜め息混じりに、菊地が吐露する。 その言葉に驚きはあったものの……何だか妙に腑に落ちた。 二人の会話や倫の表情。 何より。二人を取り巻く雰囲気が、唯ならぬもののように感じていたから。 僕が無反応のままでいると、チラッと菊地が僕の様子を伺った。 「……実を言うとな。 ネンショーん中じゃ、俺が猿山のボスでさ……」 「……え……」 これには正直驚いた。 ……だったら何故、倫をそんな目に遭わせたんだろう…… 「意外か?………まぁ、そうだな。 幾ら凶悪犯でも、女を犠牲にするような罪を犯した奴は、他の受刑者から蔑まれんのが普通だ。 でも俺は当時、これでも暴走族時代だった頃の、vaɪpər(ヴァイパー)の頭張ってたからな。それなりの力はあったんだよ」 「……」 「……で、倫が入所した夜。 女に飢えてた同室の奴らに襲われてんのを見て、溜まらなく助けてやりたくなってな。 ボスの権限で、倫を“俺専属”にしたんだ」 車が、山道へ向かう道へと曲がる。 街の灯りが遠くなり、ぽつんぽつんとある外灯が、心細そうに足下だけを照らしていた。 「……だが。見ての通り、俺はアトピー体質だ。ネンショーに入って大きく環境が変わったせいもあったが……処方されてた薬が合わなかったんだろうな」 「……」 「倫を、助けたその夜………今まで経験した事のねぇぐれぇの猛烈烈な痒みに襲われて、目が覚めてな。 見たら、身体中がゾンビみてぇに(ただ)れてよ。そこらじゅうから汁という汁が噴き出して、止まらなくて……変わり果てた姿でのたうち回る俺に、隣で寝ていた倫は酷く驚いた顔をしてた。 ……化け物を見るような目、だったな。あれは……」 「……」 「……まぁ、それでも倫は、必死に助けを呼んでくれて。そのまま俺は……即病院行き」 「……」 ……言葉が、出ない。 凄まじい状況だったんだろうけど。 僕の中で、想像が追い付いていかない。 「罰が当たったんだと思ったよ。 罪を犯した奴への、天罰が下ったんだってな。そう受け止めるしかねぇだろ。 ……けど、二週間ぐらい経って。院の医務室に戻った俺の目の前に、意識不明の倫が運び込まれた時、………俺は心底、この体質を恨んだ」

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