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第165話
痒みが出たのだろう。
ハンドルから片手を離し、ボリボリと音を立てながら二の腕や脇腹を掻き始める。
「……倫にとって俺は、レイプした野郎と何も変わらねぇ。思い通りに抱くだけ抱いて……結局、守ってやれなかったんだからな……」
そんな事、ない……
そう言おうとして、止める。
誰よりも、倫という人の気持ちを解っているのは、菊地だ。
なのに。それを敢えて否定し、自分を責めるような言い方をするのは、自分が許せないから……なのだろうか。
「……」
キュッと口を引き結ぶ。
その横で、溜め息をひとつついた菊地が続けて口を開く。
「他所に移っても、ずっと倫の事は気に掛けてた。またリンチされて、ぶっ倒れたりしてねぇかって……」
「……」
「で、出所した日。
深沢………あー、vaɪpər の現リーダーな。そいつが迎えに来てくれた時、隣にいたオンナが倫でよ。
……そん時は驚いたな。正直。
深沢の腕に絡み付いて、ベタベタする倫の姿を見てホッとしたっつーか。
……倫の笑顔が見られて、俺自身が救われたっつーか、……な」
少しだけ苦笑いをした菊地が、目だけを動かしてチラッと僕を見る。
「………まぁ俺と倫は、そういう関係だ。色恋沙汰なんてぇモンは、最初 からねぇ。
だから、変な勘ぐりはすんなよ」
「……」
でも、それ……
僕には倫が好きって言っているようにしか聞こえない。
本当は倫も、菊地を好きなんじゃないかって……
本当の所は、当事者にしか解らないんだろうけど……
菊地から顔を逸らし、窓の外を眺める。
何処まで行っても続く闇に、僕の心がザワザワとざわつく。
もし倫が、菊地を想いながらも妥協し、深沢のオンナになっていたとしたなら……
「……」
竜一への気持ちを中々断ち切れない僕と、僕の中で創造した倫とが重なる。
『……寛司の事、よろしくね』
僕ならきっと、あんな風に言えない──
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