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第166話 立ち位置
×××
コンコン……
ノックの音で、目が覚める。
眠い目を擦りながら辺りを見回せば、もう既に菊地の姿はなかった。
視界に飛び込んだサイドテーブルの上には、昨夜食べた料理の残骸が散らばっている。
倫の店に行って以降、菊地は痩せ細った僕の為にと、毎夜、倫の店の料理をテイクアウトしてくる。
それを、どんな気持ちで口にしていいのか……僕には解らなくて……
『……どうした』
食べ倦ねる僕に、隣に座ってつまみ食いをする菊地が、優しげな表情で僕の顔を下から覗き込む。
『嫉妬か?………なら、可愛いな』
そう言って顔を近づけてくる。
特に抵抗する事なくキスを受け入れれば、そのうちに舌が入り込んだ。
絡められた舌。
咥内に広がる、ローストビーフの味とグレイビーソース。
──倫さんの作る料理は、美味しい。
お洒落で、美味しくて、健康的で……
僕に、と用意された食事。
だけど本当に食べて欲しいのは……きっと、僕じゃない。
穏やかながらも、儚げな倫の笑顔が
閉じた瞼の裏にチラついて──消えそうにない。
『……勘ぐるなって、言ったろ……?』
肩を強く押され、そのままベッドに仰向けに倒される。
少しだけ意地悪そうな表情を浮かべた菊地が、僕の顔を挟むようにして両手を付き上から覗き込む。
『食いたいか、ローストビーフ』
『……』
『それとも、ソースの方か?』
口の片端を持ち上げた後、一度身体を起こし、サイドテーブルに手を伸ばす。
ローストビーフの添え物であるマッシュポテトを、プラスチックスプーンで掬い取り、グレイビーソースに絡めてから自身の口に含む。
そして、再び僕に覆い被さり、熱情を宿した瞳で僕を見つめながら……僕に口移しをしてきて───
ドンドンッ……!
先程よりも大きい音がし、ハッと我に返る。
「おーい、工藤!……起きてるか?」
ドアの向こうから聞こえるのは、五十嵐の声。
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