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第164話 立ち位置

××× コンコン…… ノックの音で、目が覚めた。 眠い目を擦りながら辺りを見回せば、もう既に菊地の姿はなかった。 視界に飛び込んだサイドテーブルの上には、昨夜食べた料理の残骸が散らばっている。 倫の店に行って以降、菊地は痩せ細った僕の為に、毎晩、倫の店の料理をテイクアウトしてくる。 それを、どんな気持ちで口にしていいのか……僕には解らなくて…… 『……どうした』 食べ倦ねる僕に、隣に座ってつまみ食いをする菊池が、優しげな表情で僕の顔を下から覗き込む。 『嫉妬か?………なら、可愛いな』 そう言って顔を近づけてくる。 特に抵抗する事なくキスを受け入れれば、そのうちに舌が入り込んだ。 絡められた舌。 咥内に広がる、ローストビーフの味とグレイビーソース。 ──倫さんの作る料理は、美味しい。 お洒落で、美味しくて、健康的で…… 僕に、と用意された食事。 だけど本当に食べて欲しいのは………きっと僕じゃない。 穏やかながらも、儚げな倫の笑顔が 閉じた瞼の裏にチラついて──消えない。 『……勘ぐるなって、言ったろ……?』 強く肩を押され、そのままベッドに倒される。 少しだけ意地悪そうな表情を浮かべた菊池が、僕を挟み込むように両手を付き、上から覗き込んだ。 『食いたいか、ローストビーフ』 『……』 『それとも、ソースの方か?』 片側の口角を持ち上げた後、一度体を起こし、サイドテーブルに手を伸ばす。 ローストビーフの添え物であるマッシュポテトを、プラスチックスプーンで掬い取り、グレイビーソースに絡めてから自身の口に含む。 そして、再び僕に覆い被さり、熱情を宿した瞳で僕を見つめながら……僕に口移しをしてきて─── ドンドンッ……! 今度は大きめの音がし、ハッと我に返る。 「おーい、工藤!……起きてるか?」 ドアの向こうから聞こえるのは、五十嵐の声。

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