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第171話
黒目だけを動かし、愁を横目で見る。
何食わぬ顔で、前の二人の会話に混ざっているような態度──僕が大人しい、反抗しないタイプの人間だと、本能で見抜いたんだろう。
その視野の端に映ったのは、ルームミラー。そこから何度か、真木の視線を感じる。
後ろを気にしてるのは、先程の声が真木に届いたって事か……?
「……」
妙な感情が、じわじわと僕の中から湧き上がってくる。
氷を当てられたように、冷たく感じる手のひら。なのに……汗ばんでいて、おかしい。
ピタリと止まる、指先の震え。びりびりと微弱な電気を流されたような、妙な痺れ。
何となく、解る──これは、若葉が乗り移ったような感覚と、同じだ。
ハッと気付けば、ショートパンツの裾に辿り着いた愁の指先が、中へと潜り込もうとしていた。
───調子、乗りすぎ。
男の手に、そっと手を添える。
少しだけ唇を割り、愁に向けた顔を傾け、潤んだ瞳で下から見上げる。
心なしか、ふわりと甘い淫香が漂った気がした。
「………、っ!」
手を重ねられ、驚いた愁が横目でチラッと僕を見た後、直ぐに此方へと顔を向ける。
その刹那──男の手を掴んで引き抜き、そのまま自身のTシャツの中にわざと突っ込む。
裾が大きく持ち上がり、胸元が見える程に……
「………ゃだ、っ!」
弱々しい悲鳴を上げ、大袈裟に身を捩る。
目を見開き、驚いた表情を浮かべた愁は、パニックに陥った様子でただ口をぱくぱくとさせていた。
「───オイ、いい加減にしろ、愁!!」
その瞬間、ブレーキを掛け脇に車を停めた真木が、シートに左肘を掛けて大きく振り返った。
「あんまチョーシ乗ってっと、ぶっ殺すぞッッ……!!!」
ドスの効いた真木の声──その迫力に、愁の目が忙しく泳ぎ、僕からパッと手を離す。
「……ごめんね、さくらちゃん」
鬼の形相から一変。口元に苦笑いを浮かべた真木が、少しだけ優しい口調で謝る。
「コイツ、凄ぇバカでさぁ……」
そう言いながら前へと向き直り、ルームミラーで背後の様子を伺いながら苦笑いを浮かべた。
「……」
まだ、感覚の残る両手。そっと広げてじっと見つめる。
こんな風に、危機を回避したのは……初めてだった。
……僕の中で、一体何が起きているんだろう……
『お前がちっせぇ若葉に見えたんだがなァ……』
『まぁ、素質はあるんだろ』
僕の中に半分流れている、若葉の血 。
──いつか僕も、若葉の様になってしまうんだろうか……
ハイジが苦しんでたみたいに。
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