171 / 558

第171話

黒目だけを動かし、愁を横目で見る。 何食わぬ顔で、前の二人の会話に混ざっているような態度──僕が大人しい、反抗しないタイプの人間だと、本能で見抜いたんだろう。 その視野の端に映ったのは、ルームミラー。そこから何度か、真木の視線を感じる。 後ろを気にしてるのは、先程の声が真木に届いたって事か……? 「……」 妙な感情が、じわじわと僕の中から湧き上がってくる。 氷を当てられたように、冷たく感じる手のひら。なのに……汗ばんでいて、おかしい。 ピタリと止まる、指先の震え。びりびりと微弱な電気を流されたような、妙な痺れ。 何となく、解る──これは、若葉が乗り移ったような感覚と、同じだ。 ハッと気付けば、ショートパンツの裾に辿り着いた愁の指先が、中へと潜り込もうとしていた。 ───調子、乗りすぎ。 男の手に、そっと手を添える。 少しだけ唇を割り、愁に向けた顔を傾け、潤んだ瞳で下から見上げる。 心なしか、ふわりと甘い淫香が漂った気がした。 「………、っ!」 手を重ねられ、驚いた愁が横目でチラッと僕を見た後、直ぐに此方へと顔を向ける。 その刹那──男の手を掴んで引き抜き、そのまま自身のTシャツの中にわざと突っ込む。 裾が大きく持ち上がり、胸元が見える程に…… 「………ゃだ、っ!」 弱々しい悲鳴を上げ、大袈裟に身を捩る。 目を見開き、驚いた表情を浮かべた愁は、パニックに陥った様子でただ口をぱくぱくとさせていた。 「───オイ、いい加減にしろ、愁!!」 その瞬間、ブレーキを掛け脇に車を停めた真木が、シートに左肘を掛けて大きく振り返った。 「あんまチョーシ乗ってっと、ぶっ殺すぞッッ……!!!」 ドスの効いた真木の声──その迫力に、愁の目が忙しく泳ぎ、僕からパッと手を離す。 「……ごめんね、さくらちゃん」 鬼の形相から一変。口元に苦笑いを浮かべた真木が、少しだけ優しい口調で謝る。 「コイツ、凄ぇバカでさぁ……」 そう言いながら前へと向き直り、ルームミラーで背後の様子を伺いながら苦笑いを浮かべた。 「……」 まだ、感覚の残る両手。そっと広げてじっと見つめる。 こんな風に、危機を回避したのは……初めてだった。 ……僕の中で、一体何が起きているんだろう…… 『お前がちっせぇ若葉に見えたんだがなァ……』 『まぁ、素質はあるんだろ』 僕の中に半分流れている、若葉の(DNA)。 ──いつか僕も、若葉の様になってしまうんだろうか…… ハイジが苦しんでたみたいに。

ともだちにシェアしよう!