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第169話

黒目だけを動かし、愁を横目で見る。 何食わぬ顔で、前の二人の会話に混ざっているような態度だ。 ……僕が大人しい、反抗しないタイプの人間だと、見抜いたんだろう。 その視野の端に映ったのは、ルームミラー。 そこから何度か、真木の視線を感じた。 後ろを気にしてるのは、先程の声が真木に届いたって事か…… 「……」 妙な感情が、じわじわと僕の中から沸き上がってくる。 氷を当てたように、冷たく感じる手のひら。 なのに……汗ばんでいて、おかしい。 ピタリと止まる、指先の震え。 しかし、びりびりとした微弱電気を流されたような、妙な痺れが。 ──何となく、解る。 これは、若葉が乗り移ったような感覚と同じ。 愁の指先が、ショートパンツの中に潜り込もうとした。 ──調子、乗りすぎ。 男の手にそっと手を添える。 少し唇を割り、愁に顔を向け、潤んだ瞳で下から見上げる。 心なしか、ふわりと淫香が漂った気がした。 「………、っ!」 驚いた愁が、横目でチラチラと僕を見た後……直ぐに此方に顔を向ける。 その一瞬の油断── 摑んだ手をそのまま引き抜き、Tシャツの裾からそれを突っ込ませた。 前が開ける程に…… 「………ゃだ、っ!」 小さく悲鳴のような声を上げ、大袈裟に身を捩る。 驚いた表情のままの愁は、何が起こったのかパニックに陥った様子で、ただ口をぱくぱくとさせていた。 「……オイ、いい加減にしろ、愁!!」 瞬間、信号に引っ掛かり停車した真木が、シートに左肘を掛けて振り返った。 「あんまチョーシ乗ってっと、ぶっ殺すぞっ!!」 ドスの効いた真木の声── その迫力に、愁の目が忙しく泳ぎ、僕からパッと手を離した。 「……ごめんね、さくらちゃん」 鬼の形相から一変。 口元に苦笑いを浮かべた真木が、少しだけ優しい声色で謝る。 「コイツ、凄ぇバカでさぁ……」 そう言いながら前へと向き直り、ルームミラーで背後の様子をチラッと伺った。 「……」 まだ感覚の残る両手を広げ、じっと見る。 こんな風に、危機を回避したのは……初めてだった。 ……僕の中で、一体何が起きているんだろう…… 『お前がちっせぇ若葉に見えた』 『素質はあるんだろ』 僕の中に半分流れている、若葉の血。 ──いつか僕も 若葉の様に……なってしまうんだろうか…… ハイジが苦しんだみたいに。

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