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第177話

あんなに晴れていたのに。 昼食を終えて家路につく頃には、雨が降り始めていた。 リズムカルに動くワイパーを、後部座席からぼんやりと眺める。 視界がクリアになった瞬間から、ガラスに雨粒が当たり、次のワイパーが動くまでの間に視界不良となっていく。 その繰り返しは、まるで僕の運命のよう。 何だか酷く疲れた。 色んな刺激が重なり、今日はもう何も考えたくない。 早く帰って眠ってしまいたい。 あのふかふかで、スプリングの利いたベッドの中に潜り込んで。 身体をシートに預け車の揺れに合わせていると、それまで五十嵐と何やら会話をしていた真木が、ルームミラー越しに僕を見た。 「……眠いなら、着くまで寝てなよ」 優しい声色。 レストランでの時とは大違いだ。 気を遣って言ってくれたのだろう。……でも、隣には愁がいる。 愁の傍で寝られる程、警戒心が無い訳じゃない。 「俺の肩、貸そーか?」 「……」 冗談ぽく僕に肩を差し出す愁。 フレンドリーな雰囲気に、最初の厭らしさは感じられないものの……身を委ねる気などない。 結局、窓の外を……窓ガラスについた水滴が横に流されていく様子を、ずっと眺めていた。 ドアの開く音がした。 深い眠りから醒めた瞬間、ハッとしたのは……白い粉の存在。 あれは確か。部屋に戻って直ぐ、サイドテーブルの引き出しに仕舞った筈。 部屋に入る足音が、そのサイドテーブル前で止まった。 ──ドクンッ 心臓が大きな鼓動をひとつ打つ。 その瞬間。まだ微睡む脳内とは裏腹に、指先の細胞レベルまでが一気に活発化し、身体に緊張が走る。 がさっというビニールの擦れる音の後、ベッドを軋ませる音へと変わる。 「……寝てるのか?」 首元までケットを被り、背を向けた状態で横になっている僕の顔を覗き込む。 「……」 「疲れたんだな」 傍らに手をつけば、ベッドが凹み僕の身体がその窪みへと沈み込む。 無反応を貫いていると、僕の額に指が当てられた。撫でるわけでも無く……ただ、置かれただけの指先。 温かくて、擽ったくて…… ……気持ち、いい…… こうして眠ってる僕に撫でてくれた アゲハの手に……似てる…… 感傷的に浸っていたのも束の間。 その指が、不意に離れる。……と同時に、消えていく温もり…… ……あ……やだ…… 離れないで……もう少し、だけ…… 凹んだベッドが元に戻り、気配が消えていく。 遠ざかる足音。 その等間隔に響く音を追い掛けながら、僕の意識はまた遠くなっていった。

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