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第180話 嫉妬
×××
長い夢を見ていた気がする。
何処からが夢で、何処からが現実なのか解らない程……長い夢。
だけど、目を開けて天井を見れば、それが揺るぎない現実だと思い知らされる。
仄暗くなった部屋に灯りはなく、時折窓ガラスを叩きつける風が吹くだけ。
カタカタとなるそれに不気味さを感じつつ、まだ微睡みから醒めない頭を片手で抑えながらベッドを下りた。
ふと視界に入った、サイドテーブル。無造作に置かれた白いビニール袋。その中央には、倫の店の赤いロゴマーク。
……いつの間に……
思わず額に手を寄せる。
さっき、僕に触れたのは……現実……?
出ていったのは……また倫の店に戻った、とか……?
「……!」
そう思った瞬間──何故か解らない。
解らないけど………ギュッと胸が締め付けられて……
──嫌だ、って思った。
この気持ちが何なのか……
僕自身の事なのに……全然解らない……
……苦しい……
菊地の事が、好き……?
……違う。そんな単純なものなんかじゃない。
これも、ストックホルム症候群の症状のひとつ……なんだろう。
でも、それともちょっと違うのかな。
例えば、親に見放されそうな子供とか。主人に見捨てられそうなペットとか。……なんか、多分そんな感じのような気がする。
「……」
はぁ……と溜め息をつく。
竜一という心の軸を失ってから、情けない程に気持ちが不安定になってる。
ぽっかりと空いてしまったその穴は、そう簡単に埋められそうもない。
……だから、何かで埋めたいのかもしれない。
空いたままじゃ……苦しいだけだから……
気を紛らわせようと、熱いシャワーを浴びる。
朝、慌ただしくてそのままだった……白濁液で汚れた身体。
もう鼻が慣れてしまったのか。その臭いがよく解らないけど、泡立てた石鹸で丁寧に洗う。
ザ──ッ、
目を瞑り、顎を突き出してシャワーを顔から被る。
流れ伝うお湯が肌に纏わり付き、擽るかの如く泡や表面の汚れを洗い流していく。僕を温かく、包み込んでくれてるみたいに。
このまま全てを洗い流せたらいいのに。
今日の事も……全て無かった事にできたら……
──白い粉。
思い出すだけで、胃がギリッと痛む。
モルを助けたい。
けど……
「……」
水気を含み重たくなった髪の毛先から、ぽたぽたと滴り落ちる雫。
それはまるで、僕の代わりに涙を流してくれているかのよう。
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