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第181話
シャワーから上がると、部屋に灯りが点いていた。
まだ濡れたままの頭にタオルを掛け、今日買ったばかりのフード付き長袖シャツを羽織っただけの、素足を曝した姿で部屋へと戻る。
「……長ぇシャワーだな」
声に驚いて見れば、ベッド端に腰を掛け、寛いでる菊地の姿があった。両手を後ろについたまま口元を歪ませ、僕をじっと見つめている。
いつから、いたんだろう……
「……」
「こっち来て座れ」
顎で指示され、言われるがままに隣に座れば……菊地が剥き出しの僕の太腿に手を置き、顔を寄せ、触れるだけのキスを落とす。
瞬間……
ふわりと香る、フローラルな石鹸の匂い。
「飯、食わなかったのか」
「……」
「……ん、どうした?」
僕の様子に気付いた菊地が、逃すまいと僕の瞳を覗き込んで追い立てる。
それでも逃れようと視線を逸らせば、菊地の表情が次第に堅いものに変わっていく。
「言いたい事、あるんだろ?」
──そうだ。この人に隠し事なんて、無意味だった。
「………倫さんに、また会いに行ったの……?」
怖ず怖ずと探るような言葉を口にすれば、想定外の台詞だったんだろう。菊地の表情が、少しだけ緩む。
「知らない石鹸の、匂いがしたから……」
「………ああ。これか」
大した事じゃないと言った態度を見せながらも、自身の丸衿を摑み上げ、くん…と匂いを嗅ぐ。
「倫じゃねぇよ。……会ったのは、ソープ嬢だ」
「……」
「ここん所毎晩、お前に無理させちまってるからな」
「……」
「何だ……嫉妬してんのか?」
視線を逸らして俯く僕に、菊地が揶揄する言葉を投げ掛ける。
いつになく上機嫌なのが……嫌だ。
「……」
……嫉妬……なのかな……
なんか……モヤモヤする。
この気持ちの正体が解らずにいれば、肩に腕を回され、強く身体を引き寄せられる。
「倫とは何でもねぇっつったろ。妙な詮索すんじゃねぇ」
「………して、ない……」
戸惑いながらも僅かに強がってみせるものの、もう片方の手が僕の頬に触れ、見透かすように菊地の口角が持ち上がる。
「嘘が下手くそだな」
「……え」
「そんなに、俺の事が好きか?」
クイッと顎を持ち上げられ、見上げた菊地の唇が直ぐそこまで迫る。
その瞳は穏やかで、優しい光を宿し……何だか調子が狂う。
「好きって言えよ、さくら」
「………やだ」
「やだ、じゃねぇだろ」
鼻先に掛かる、熱い吐息。
いつになく僕を揶揄するその唇が、やがて僕の口を塞ぎ……舌先で唇の門戸をこじ開けると、熱い欲望が差し込まれた。
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