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第186話

そんな訳、ない…… 僕が五十嵐とどうこうなるとか、有り得ない。 一緒に逃げようって、確かに言われた。 ろくに返事もせず曖昧なままにしていたせいで、真木から薬を渡されるハメになった。でも…… 「……嫌、だ」 手を伸ばし、菊地の腕の中に身を委ねる。 「やだ……離さないで」 失いたくない。 見捨てられたら、僕は…… どうしたらいいか……解んない…… 「……さくら」 菊地の手が後頭部に当てられ、強く引き寄せられる。雫の垂れる程濡れた髪。絡めて撫でるその手は、優しくて……心地良くて…… 「お前、本当変わってんな……」 「……」 「こんな、ゾンビみてぇな俺を可愛く誘ったり、躊躇無く抱き付いてきたりなんかしてよ」 戸惑いと落ち着きを払った中に、嬉しさを滲ませる声。 トクトクと……少しだけ速い、菊地の鼓動。 「離すもんかよ。……もう、離れたいっつっても、逃がしてなんかやんねぇよ。 ……俺だけのモンだ。他の誰にもやらねぇ」 ザァー…… 「……好きだ、さくら」 シャワーの音で消え入りそうになる程、小さな声。 しかし耳元で、確かな声で囁かれれば、キュンと胸が甘く切なく締め付けられる。 「……ん、」 熱情を孕んだ瞳が直ぐそこまで迫り、菊地の熱い唇が僕の唇を塞ぐ。 濡れた顔を、そのままに。 「ふ、……っん、」 熱く、入り込む舌先。 舌を差し出し、自ら絡ませて、それに答える。 「……は、…ぁ……」 熱い…… 熱くて、熱くて…… ……もう、立ってられない…… 菊地の腕に手を掛ける。 何度も角度を変え、舐るように咥内を弄られ。熱い息を何度も交差し、混ざり合い。濡れた僕の肌の上を、菊地の指先が愛おしむように何度も滑らせる。 「可愛いな……お前…… 色気ある癖に、汚れを知らねぇガキみてぇな目で……俺をじっと見やがって……」 切なげに潤んだ瞳。 唇を少しだけ離した後、ゆっくりと吐いた、熱い息。 「さくらを見てると、溜まらなく愛しさが込み上げてきて……溢れんだよ…… ……俺がとっくの昔に捨てた、人間らしい感情全てを……お前が思い出させてくれる……」 「……」 「一緒にいると、心が落ち着くんだ」 ……そんな……こと…… だって僕は、捻くれてて、性悪で、こんなにも汚れきってて…… 「んな顔すんな。お前は全然、汚れちゃいねぇよ。 あんまり自分を卑下すんな」 ……ザァー 菊地の瞳が優しく揺れる。頬に添えられた手。その親指が、そっと僕の目の下を拭った。 「……もっと、自信持て」

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