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第188話 悪趣味

××× 煌びやかなロビーを抜け、エレベーターに乗って最上階へと上る。ボタンの上にある液晶ディスプレイ。その数字が、秒単位で変わっていく。 小さな箱の中央に立つ菊地が、隣に立つ僕の手を握った。 「……緊張してんのか?」 優しげな瞳が僕に向けられる。 その眼差しは、とろとろに僕を甘やかすハイジの瞳に似ていて…… 「……ううん」 「嘘が下手だな」 視線を落とし、小さく答える僕に菊地がふっと笑った。 菊地のオンナ── 僕の新しい居場所は、確かに居心地が良い。 けど、妙な後ろめたさが残る。 それは倫に対してか。それとも、ハイジに対してか…… 自分自身になのか……も、よく解らない。 引き出しの奥に潜めたクスリは、あの日の翌朝、菊地が出掛けて直ぐに処分した。中身を全てトイレに流して、袋はゴミ箱に捨てて。 ゴミを回収しに来た五十嵐は、それに気付かなかったらしい。咎める事も無く、大きなゴミ袋の封を閉める。 「ごめん……俺のせいで、工藤に負担掛けさせる事になって」 激しい情交の跡を残したベッドシーツ。 それを剥ぎ取り、新しいものに取り替える五十嵐が、申し訳なさそうに言った。 「昨日、大丈夫だったか?……その、なんていうか……声、凄かったみたい、だから……」 顔を伏せ汚れたシーツを纏める五十嵐の頬が、ほんのり赤くなる。そうされたら、何だかこっちまで恥ずかしい。 「……うん」 「そっか……。あ、出来るだけ俺も、協力するからさ」 「……」 「一日でも早く、ここから逃げような。一緒に……」 「……」 まるで駆け落ちみたいな台詞。 そんな約束、した覚えは無いのに。勝手に五十嵐が一人で盛り上がって、そのレールの上に僕を乗せようとしてるだけ。 それに、そのよく解らない正義感。 自殺に見せかけるっていう真木の言葉を鵜呑みにして、人を一人殺そうとしている。 そこに、躊躇や罪悪感はきっと無いんだろう。 僕には到底理解できない感覚。 背を向けて、纏めたものを袋に詰める姿を眺める。 だけど、はっきりと五十嵐に伝えないのは、五十嵐もモルも、真木に殺されたくないから。……僕のせいで。 「……さくら」 顔を寄せられ、軽く落とされるキス。 軽く唇を触れるだけだったのに…… 「……ん、……」 いつの間にか、舌を絡める程の深いものへと変わっていった。

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