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第190話 悪趣味
×××
煌びやかなロビーを抜け、エレベーターに乗って最上階へと上る。ボタンの上部にある、液晶ディスプレイ。その数字が秒単位で変わっていく。
小さな箱の中央に立つ菊地が、隣に立つ僕の手をキュッと握る。
「……緊張してんのか?」
僕に向けられる、優しげな瞳。
その眼差しは、とろとろに僕を甘やかすハイジの眼に似ていて……
「……ううん」
「嘘が下手だな」
視線を落とし、小さく答える僕に菊地がふっと笑った。
菊地のオンナ──
僕の新しい居場所は、確かに居心地が良い。
けど、妙な後ろめたさが残る。
それは倫に対してか。それとも、ハイジに対してか……
自分自身に対してなのか……も、よく解らない。
引き出しの奥に潜めたクスリは、あの日の翌朝、菊地が出掛けて直ぐに処分した。中身を全てトイレに流して、袋はゴミ箱に捨てて。
ゴミを回収しに来た五十嵐は、それに気付かなかったらしい。咎める事も無く、大きなゴミ袋の口を縛る。
『ごめん……俺のせいで、工藤に負担掛けさせる事になって』
激しい情交の跡を残したベッドシーツ。
それを剥ぎ取り、新しいものに取り替える五十嵐が、申し訳なさそうにそう言った。
『昨日、大丈夫だったか?……その、なんていうか……声、凄かったみたい、だから……』
顔を伏せ、汚れたシーツを纏める五十嵐の頬がほんのり赤く染まる。そうされたら、何だかこっちまで恥ずかしい。
『………うん』
『そっか……。あ、出来るだけ俺も、協力するからさ』
『……』
『一日でも早く、ここから逃げような。一緒に……』
『……』
まるで駆け落ちみたいな台詞。
そんな約束、した覚えは無いのに。勝手に一人で盛り上がって、五十嵐が敷いたレールの上に、僕を乗せようとしてるだけ。
それに、よく解らない正義感。
自殺に見せかけるっていう真木の言葉を鵜呑みにして、人を一人殺そうとしている。
そこに、躊躇や罪悪感はきっと無いんだろう。
僕には到底理解できない感覚。
纏めたものを運ぶ後ろ姿を眺める。
だけど、はっきりと五十嵐に伝えられないのは、五十嵐もモルも、真木に殺されたくないから。……僕のせいで。
「……さくら」
顔を寄せられ、軽くキスを落とされる。
軽く唇に触れるだけだったのに……
「、んっ……」
いつの間にか、舌を絡める程の深いものへと変わっていった。
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