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第190話

「その悪趣味な野郎は、今何処にいるんだ?」 「……奥の個室よ。そこで美女達とお戯れになってるわ」 「悪趣味だな……」 「でしょ?」 口角を持ち上げた倫の瞳が、ふっと淋しそうな色を宿す。 それが何だか、菊地に縋っているようで…… 不安に駆られ、繋いだままの手に少しだけ力を籠める。 それに気付いたのか……答えるように、ギュッと握り返してくれた。 「……倫」 まだ話し足りなさそうな倫を制し、菊地が真面目な表情に変わる。それに勘付いたのか。つられて倫も、真面目な顔で菊地を見つめ返す。 「改めて紹介する。 工藤さくら──俺のオンナだ」 繋いでいた手が離され、直ぐにその手が僕の肩に回る。驚く間もなく強く抱き寄せられ、気付けば菊地の腕の中にすっぽりと収まっていた。 「……え」 間近で感じる、菊地の匂い。体温。少し速い鼓動── それらが重なり、どうしようもなくドキドキと胸が高鳴る。 ……これって…… 僕が不安に思ってるから、ケジメを付けたって事……? 菊地を見上げれば……目に映るのは、何時になく真剣な横顔。 その鋭く見据えた瞳は、これ以上に無い程強い意志を持っていて…… ……ドクン、ドクン…… さっきよりも激しく、強く、鼓動を打つ。 菊地の周りだけがキラキラと輝いて見え、もう、目が離せない……… 「……て訳だ。悪ぃな」 「そう……」 ふぅ、と倫が、細く長い溜め息をつく。 揺れた瞳から光が消え、一瞬、虚ろげな影を落とす。 それを隠すためか。直ぐに口角が少しだけ持ち上がる。でもそれは、脆くも哀しげで、儚げな笑顔…… 「私を上手く、利用できたようね……」 「………」 「……ごめんなさい。今の言葉、忘れて」 目を伏せた倫の声が、消え入りそうな程弱々しい。 何だか少し、震えていたような気がした。 「……」 本当の所は解らない。 ただの勝手な想像でしかないけれど…… 僕が菊地の前に現れるまで 二人はきっと、いい雰囲気だったんだろう…… それを、僕が壊してしまった──そう思ったら……胸が少し、痛い…… 「それじゃ。……パーティー、楽しんでいってね」 「……ああ」 視線を戻した倫の表情は、もう既に営業スマイルへと切り変わっていた。

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