193 / 558

第193話

「……何か食うか?」 フロアの端にある、ビュッフェ。 ここのホテルの料理だと思うけど……種類も盛り付けも、何となく倫さんの店の料理に似ている気がする。 「……ううん」 「遠慮するな。……ほら」 適当に見繕ったものを皿に載せ、僕の前に差し出す。 「……、でも」 「少しは肉つけとかねぇと………セックスの時、骨が当たって痛ぇだろ」 「──!」 耳元で囁かれ、かぁっと顔が熱くなる。 揶揄われただけなのに…… はしたなくナカが疼いてしまったのは、さっきエレベーター内で煽られた、キスのせい……かも。 「……エッチだな、お前」 「やだ……」 「可愛い」 「……」 「帰ったら、しような」 「………うん」 恥ずかしくて俯きながら、差し出されたその皿を受け取る。 「あ、菊地さんじゃないっすかっ!」 「チィッス!」 「……おう、久しぶりだな」 見知らぬ人達に声を掛けられ、菊地がその相手と談笑を始める。 僕は邪魔にならないよう、そう遠くないガラス壁に移動し、外の景色を眺めた。 煌びやかな夜景。 宝石箱を引っくり返したように輝くその裏で、人々の欲望が妖しく渦巻く夜の世界。 凌の世話になってた頃、半ば脅されて行ったパーティーと雰囲気が似ている。 あの時も、この空気感に中々馴染めなくて、隅っこにいて……そんな僕に話し掛けてきたのが─── 「……君、一人?」 突然声を掛けられ、ピクンッと肩が跳ねる。 直ぐ背後に感じる気配。ガラス越しに映り込む人影。被るように浮かぶ顔。 忘れもしない───樫井秀孝。 「運命なのかな。こんな所で、また会うなんて」 「……ッ!」 心臓が、止まりそうになる。 ……どうして…… どうして、コイツが── 怖ず怖ずと振り返れば、僕を見下げる樫井が含んだ笑みを浮かべていた。不気味な程、唇に綺麗な弧を描いて。 「あの時は世話になったね。色々と」 甘いお酒の匂いをさせながら、僕に顔を寄せる。 「……君、本当にアゲハの弟だったんだね」 「……」 「そう思ったら、愛おしく感じるよ」 右手が伸び、少しだけ折り曲げた人差し指で顎下をそっと撫でられる。 まるで、飼い猫を構ってあげてるかのように。 「……やめ、」 「顔を朱くして、凄くエッチな目をしてるね。……俺との情事を思い出して、感じちゃった……?」 「……!」 お皿で手が塞がっているのを良い事に、更に樫井が身体を寄せ、僕の顔の横にドンッと片手を付く。 「俺もだよ……愛しい人」 ショートパンツとニーハイソックスの隙間から覗く素足に、もう片方の手が触れ、つぅ、と腿裏へと移動する。 臀部と太腿の境界線。そのラインを二度程丁寧に往復した後、その指がショートパンツの中へスルリと滑り込む。 「……部屋に行こう」 間近で僕を見下げる眼は、熱情を孕みながらも、愛しいものを見る目つきじゃない。 ……僕を、恨んでいる目だ。

ともだちにシェアしよう!