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第191話

「……何か食うか?」 フロアの端にある、ビュッフェ。 ここのホテルの料理だと思うけど……種類も盛り付けも、何となく倫さんの店の料理に似ている気がする。 「……ううん」 「遠慮するな。……ほら」 適当に見繕ったものを皿に載せ、僕の前に差し出す。 「……、でも」 「少しは肉つけとかねぇと………セックスの時、骨が当たって痛ぇだろ」 「──!」 耳元で囁かれ、かぁっと顔が熱くなる。 揶揄われただけなのに…… はしたなくナカが疼いてしまったのは、さっきエレベーター内で煽られた、キスのせい……かも。 「……エッチだな、お前」 「やだ……」 「可愛い」 「……」 「帰ったら、しような」 「………うん」 恥ずかしくて俯きながら、差し出されたその皿を受け取る。 「あ、菊地さんじゃないっすかっ!」 「チィッス!」 「……おう、久しぶりだな」 見知らぬ人達に声を掛けられ、菊地がその相手と談笑を始める。 僕は邪魔にならないよう、そう遠くないガラス壁に移動し、外の景色を眺めた。 煌びやかな夜景。 人々の欲望が渦巻く、妖しくも美しい夜の世界。 以前、凌の世話になってた時……半ば脅されて行ったパーティーと、雰囲気が似ている。 あの時も、この空気感に中々馴染めなくて、隅っこにいて……そんな僕に、話し掛けてきたのが── 「……君、一人?」 突然声を掛けられ、ピクッと肩が震えた。 ガラス越しに映り込む、人影。顔。 忘れもしない──樫井秀孝。 「運命なのかな。こんな所でまた会うなんて」 「……」 振り返った僕に、含んだ笑みを浮かべながら近付いてくる。 不気味な程、綺麗な弧を描く唇。 「あの時は、世話になったね。色々と」 僕の直ぐ傍に立ち、酒の匂いをぷんぷんさせながら、顔を寄せる。 「……君、本当にアゲハの弟だったんだね」 「……」 「そう思ったら、君を愛しく感じるよ」 右手が伸び、少しだけ折り曲げた人差し指で顎下をそっと撫でられる。 まるで、猫を飼い慣らすかのように。 「……やめ、」 「顔を朱くして、凄くエッチな目をしてるね。……俺との情事を思い出して、感じちゃった……?」 「……!」 お皿で手が塞がっているのを良い事に、更に身体を寄せる樫井が、僕の顔の横にドンッと片手を付く。 「俺もだよ……愛しい人」 ショートパンツとニーハイソックスの隙間から覗く素足に、もう片方の手が触れ、つぅ、と腿裏へと移動する。 臀部と太腿の境界線。そのラインを二度程丁寧に往復した後、その指がショートパンツの中へスルリと滑り込む。 「……部屋に行こう」 間近で僕を見下げるその瞳は、熱情を含んだ愛しいものを見る目つきじゃない。 ……僕を、恨んでいる目だ。

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