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第199話
しん…、と静まり返る空間。
微動だにしない二人。
その間に流れる空気が、ピンと張り詰める。それを先に打ち破ったのは、深沢の方だった。
「………ハハ。俺かよ!」
「笑い事じゃねぇ。お前を恨んでる奴が、響平を使って復讐しようとしてるって事だろ」
軽い笑みを漏らし仰け反る深沢に対し、緊迫した姿勢を崩さない菊地。
その菊地が、続けて口を開く。
「何か、心当たりねぇか?」
「んなの知るか。俺に恨みを持つヤツなんざ、ゴマンといるだろ。
……何せ俺らは、コンクリ詰め事件の──」
そう言いかけた深沢が、ハッと眼を見開く。
一瞬にして消え失せる、眉間の皺と高圧的な視線──
「………悪ぃ」
「いや、気にすんな」
深沢の眼が、物憂げに変わる。それを見届けた菊地が、静かに息をつく。
「……気にしろ、少しは」
「罪ならちゃんと償ったろ。……俺はもう、気にしちゃいねぇよ」
菊地の科白に、パステルブルーの瞳が小さく揺れ、直ぐに鋭く尖る。
「………またそれか。
お前には、償う罪なんて無かったろ!」
……え……
それ……どういう、事……?
よく解らないまま、重い瞼を何とか押し上げ……二人の様子をぼんやりと眺める。
「お前を裏切って、全ての罪をなすりつけたのは……俺だ」
「──そのお陰で、倫が救われた」
険しい顔で低く唸る深沢に、菊地が穏やかな表情でサラリと答える。しかし、その態度がまた火に油を注いだのだろう。
「綺麗事言いやがって……」
視線を逸らした深沢が、苦々しく奥歯を噛み締める。
持っていたグラスをテーブルに戻し、前屈みになったまま両手を強く握ると、モヤモヤと燻った胸の内を吐き出せない苛立ちを見せた。
「お前のその聖職者ぶった態度が、気に食わねぇ。
……少しは俺を憎んだらどうだ」
法で裁かれていない罪に、苛まれているのだろうか。菊地に恨まれる事で、その罪の重さから解放されたい……のかもしれない。
「もう止せ。終わった事だ」
そう言い放った菊地が振り向き、傍らでソファに沈む僕に視線を落とす。
その視線を辿って菊地を見上げれば、愛おしむ様に目を細め、口端を僅かに持ち上げていた。
優しさが滲み溢れた、微笑み……
「………」
……この人は……
コンクリ詰め事件の、主犯なんかじゃ……ない……
もしかしたら……その事件自体に、関わって居ないのかもしれない───
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