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第199話 飛ぶクスリ
×××
一瞬、意識を失っていた。
重い瞼を持ち上げれば、悪酔いしたように景色がぐるりと回る。
メリーゴーランドに乗っているみたいに脳内が揺れて……気持ち悪い。
フロアに鳴り響く、激しいダンスミュージック。
半狂乱で踊る人々。
顔までは認識できない。酷く手ぶれした動画を見ているよう。
加えてチカチカと光るストロボ。
気が、おかしくなる……
「……ちょっと待ってろ」
これまで僕を支えてくれた手が離れる。
……消えていく、温もり。
「………ゃ、」
近くの壁に手を付き、身を預ける。
ガラスに身体の熱を奪われながらも、重い瞼をこじ開け……遠ざかっていく背中を縋るように見つめた。
……え……
その先にいたのは、倫。
白いチャイナドレスの腰に手を回し、グッと引き寄せた菊地が優しげに倫を見つめ返す。
近すぎる距離。お似合いの二人。
「………」
嘘……
うそ……
華やかな格好をした人々が、僕の目の前を何度も交差する。その度に隠される、二人の姿。
もう、立ってなんかいらなくて……
放心状態のまま、ズルズル……と膝から崩れ落ちる。
……はぁ、はぁ……
やだ、もう………熱い……
頭がボーッとする。
ショックで胸が張り裂けそうなのに、内から沸き上がる性欲に……勝てそうもない。
……やだ、こんなの……
目の縁から、熱いものが零れ落ちる。
……欲し、い……
下半身が、無情にも疼く。
「──えー、お集まりのみなさーん!
盛り上がってますかぁー?」
マイクを持った司会者らしき人が、フロア中心に現れる。その後ろから若手芸人と思しき数人が表れ、突然パフォーマンスが始まった。
人々が拍手と歓声を送り、フロアは異様な熱気に包まれる。
……はぁ、はぁ……
こんなに煩いのに、自分の呼吸音がヤケに耳に付く。
顔を伏せ、肩で息をし、自身を抱き締め……滾る熱情を、何とか抑えようとする。
……だけど、もう……苦しくて……
「──ねぇ」
視線を落とした先に現れたのは、黒の革靴。立ち止まり、爪先が此方に向いた。
その主がしゃがみ、僕の顔を覗き込んだ。
……だけど、視野に映るその顔は……もう判別出来ない程にピントがずれていて……
「具合、悪いの……?」
「……え」
二の腕を掴まれ、半ば強引に引っ張り上げられる。
「何処か落ち着ける場所に、連れていってあげるよ」
相手の口端が、クッと持ち上がったのが解った。
でもそれが、親切心で微笑んだのか……悪意を露わにしたのか……判断出来る冷静さは残っていなかった。
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