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第204話
ペットボトルを持つ手の先には、心配した表情を浮かべる菊地の顔が。
「………え」
「これ、飲めるか……?」
「……」
上体を起こしながら、ペットボトルを受け取る。
ここは──いつものラブホテル。
いつもの、ベッドの上。
ハイジも、ボルトクリッパーも、ベッド下に転がる男の遺体も……ない。
──それじゃあ……今までのは、夢……?
まだボーッとする頭。
身体の深部に残る熱情。
疼く下半身。
「……もう少しすれば、薬が抜ける。
それまで堪えられそうか……?」
ベッド端に腰をかけた菊地が、不安げな表情を浮かべたまま意地悪な事を言う。
……いつもは、直ぐ手を出してくるのに……
どうして……
切なく菊地を見つめていれば、僕から視線を逸らし、正面に顔を向けてしまった。
「初めてここに来た時のお前、……痛々しかったな」
真っ直ぐ前を向いたまま、独り言のように僕に話し掛ける。その背中に手を伸ばし縋り付きたい衝動に駆られるものの、ペットボトルを持つ手に力を籠め、それに堪える。
「手首に拘束された痕と、首輪の下には絞められた痕があって……ガリガリに痩せ細っててよ……」
「……」
菊地が僅かに振り返る。けど、その表情までは見えない。
見えないからこそ、不安になる。
……どうして、僕に触れてくれないの……?
「その首輪は、SMクラブの奴隷の証だって、知ってるか?
……最初はお前が、そういう変態趣向を持った野郎かと思ったが………」
「……」
「そんな人間が……あんな顔なんか、しねぇ」
……ギシッ
菊地がベッドに片手を付くと、僅かに軋んだ音が響く。
「大方、SMクラブに売り飛ばされて、客から酷い目に遭わされたんだろう。……そう解釈していた。
───けど、そうじゃなかったんだな」
そう言い切った菊地が振り向き、ベッドに付いた方とは反対の手を僕に伸ばす。
だけど、その手は……無情にも持っていたペットボトルを摑み上げただけで、僕には一切触れようとはしない。
「………何で高次の為に、俺の所に来た」
未開封のそれを開け、蓋を軽く締めた状態で僕に差し戻す。
……何か、誤解……してる……?
それとも、……責めてる……?
菊地の顔色を伺いながらキャップを外し、ミネラルウォーターを少しだけ口に含む。
備え付けの冷蔵庫に入っていたものなんだろう。目が冴える程に冷たい液体が、食道を下っていく。
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