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第207話
「……偶然、樫井秀孝に会った。
でも、媚薬を飲まされただけで──」
五十嵐は、僕が樫井秀孝にされた過去を知っている。
隠さずに言えば、五十嵐の眉間に皺が寄り、険しい顔へと変わった。
「──別に、ヘンな事はされてないよ。直ぐ菊地が助けてくれたから」
「……そっか。
それで、あんな状態だったのか」
昨日の僕の姿を思い返したらしい。
あんな状態──他人の目から見た僕は、どう映っていたんだろう。
「良かったな。……何事も無くて」
「……」
「工藤」
「……ん」
「その、……薬の件だけど」
「薬……?」
濡れたシャツの胸元を摑んで脱ぐと、意外に締まった身体が露わになる。
首から下げた、ゴールドの細いネックレスチェーン。
優等生なコイツが、そんなガラの悪い高級アクセサリーを付けていたのかと、少し驚く。
瞬間頭を過ったのは、左手首に嵌められた、真木の腕時計。
真木の影響……だろうか。
「真木さんから貰ったヤツ、上手く菊地さんに飲ませられてるのか?」
「……」
立ち上がった五十嵐が、僕を見下ろす。
いつもと違った目付きに感じるのは、胸元で輝くネックレスのせいだろうか。
「もし難しそうなら、俺が──」
「………へいき」
真っ直ぐ五十嵐を見据えながら、淡々と言い切る。
「ちゃんと、やれてるから」
「………」
今はまだ、誤魔化せる。──でも、この先はきっと難しい。
菊地に何らかの異変が起きない限り。
「………そっか。なら、いいんだ」
眉間に皺を寄せていた五十嵐の表情が、溜め息と共に緩む。
「実は、真木さんにどうなってるか再三聞かれててさ。……そっか。順調にやれてるなら、そう伝えておくよ」
「……」
「……工藤」
希望に満ちた瞳。
満面の笑顔。
もし薬を捨てた事がバレたら、きっとコイツも、無傷じゃいられない……
「……!」
幻覚の中の男と五十嵐が、一瞬重なる。
ベッド下に横たわる……血でぐちゃぐちゃになった、識別不能な男の顔──
「早くここから、一緒に出られるといいなっ!」
「……」
五十嵐の言葉でハッと我に返る。
返事もろくにせず、その暑苦しい笑顔からふぃっと顔を逸らした。
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