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第214話
伝票に伸ばされた手。
それが視界の端に映れば、慌ててスプーンを手に取った。ハンバーグを小さく切り、ご飯と一緒に口へと運ぶ。
僕の様子に気付いた寛司が、拾い上げた伝票をそっとテーブルに戻す。
「………」
……何となく感じる、視線。
もぐもぐと、咀嚼を繰り返しながら黒目だけを上に動かせば、小動物を愛でるかような顔つきの寛司と目が合う。
その目は、以前、バーのVIPルームで焼き飯を食べようとした僕を、じっと見つめるハイジの目と似ていて………
「……どうした?」
僕の変化に気付いたらしい寛司が、テーブルに片肘をついて僕に微笑む。
多分、言わなくても伝わってる。……でも、今その名前は……言えない。
「……」
「何だよ」
「……そんなに見たら、恥ずかしい……」
「そうか」
目を伏せながら答えれば、返ってきたのは嬉しそうな寛司の声。
車を路地裏にあるパーキングに停め、繁華街へと向かって歩く。
サングラスに顎髭。ノースリーブにハーフパンツ。真夏のような格好に加え、剥き出しになっている、アトピー肌と湿疹。
そのせいか、悪目立ちしてしまうんだろう。チャラ目の若い男達が寛司に気付くなり、軽く頭を下げて挨拶をしてくる。
こういう姿を見ると、やっぱり実感する。
寛司が、一般人じゃないって事。
「……服でも、買うか」
「え……」
「お前、最近それしか着てねぇだろ?」
寛司が僕に流し目をし、口元を緩ませる。
「直ぐそこに、俺の弟分がやってるセレクトショップがある」
「……」
「いくぞ」
手を掴まれる。
絡められる、指と指。
それまで触れてなかった分、心と心が密接したような、高揚感に包まれる。
「……うん」
繁華街の入り口に流れる川。
その川面を映す、見事な柳。
繁華街中心の華やかさとは異なり、和を感じさせるこの風情は、まるで小江戸。ここだけが小さく切り取った、城下町のよう。
飲み屋、レストラン、雑貨店、……色んな店が軒を連ね、それぞれが風景とマッチした、品のある構え。
「……ああ、ここだ」
見れば、古い雑居ビルをリノベーションしたような、お洒落な外装。
道路に面した一階に三店舗が並び、どの入り口も個性的な装飾が施されている。
中でも一番左の店舗は、見るからにガラの悪そうな男達が好むような雰囲気を醸し出していた。
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